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スレッドNo.7712

9月8日(火)~9月10日(木)のご投稿分の評です。   滝本政博

「鼓動」 梨乃さん  

マイ・ディアへようこそ。
はじめての方なので感想を書きます。

空が鳴っている
雨は歌っている
空が泣いている
まるで自然が感情を持っているかのように描かれています。「僕」の感情とシンクロしているからでしょう。
作中「片方になった魂」とあり、引き裂かれた片方を求めて歩いています。
タイトルは「鼓動」です。「明日がまた来るのなら 生き抜いて見せる」と、いうように「僕」の中では鼓動が鳴っています。このように読んでゆくと、これはあきらめない希望の詩と言えそうです。

7行の詩ですが、行間を開けて、二連あるいは三連の詩にすると、読みやすくなると思いました。

空が鳴っている 僕の鼓動と同じように
雨は歌っている 価値を探しに出た僕に。
空が泣いている 僕を知っているかのように

明日がまた来るのなら 生き抜いて見せる
片方になった魂の足跡をたどりながら
僕は とぼとぼ歩いてる

また、逢えると信じながら

こんな感じでしょうか。



「名も知らぬ鳥」  ゆづはさん  

佳作とします。
選び抜かれた端正な言葉で書かれた美しい作品でした。
テーマは生と死。あるいは孤独について書かれているのでしょうか。
いろいろ深読みができる広がりを持っていると思う。
ゆづはさん個人の抽象的な感覚を可視化させた世界がありました。
また、明けやらぬ夜から朝までの時間の経過が繊細に描かれていて素敵です。
とてもいいと思います。わたしの能力不足でこうこうこういうところがいいと、分析できないのが申し訳ないです。

空の皮がゆっくりとめくられる
名前を奪われた私が
沈黙の洞の奥で
ただ細く喉を鳴らしている

最終連は美しく特にすぐれていると思います。
「空の皮がゆっくりとめくられる」
夜が明けたのですね。時間経過の描写としてとてもいいですね。



「WILL」  上原有栖さん  

お子様に宛てた心情溢れる詩と読みました。
変に捻ることなく、心のままに書かれていて読んでいて気持ちがいいです。
平易で真っ直ぐな言葉が雨のように愛しい人に降り注ぐ。
優しくて共感できる愛に満ちた作品でした。

構成がいいですね。

きみが大きくなるその前に

きみが大きくなったその後に

きみが家を去るその日には

その後にその全てを同列に受けるように。最終連がきます。読みやすくて親切です。 

あと何回言えるかな
ずっとずっと大好きだってこと

タイトルの「WILL」は調べてみました。
「will」は、未来の行動や意志、予測などを示す助動詞、または「意志」や「遺言」という意味を持つ名詞、そして「決意する」や「意図する」という動作を表す動詞である。
この詩にぴったりですね。



「目をまわす」  三津山破依さん  

二部構成の詩ですが
一、 くるくるくるくる
二、 日曜日の空
の、二つが付かず離れずの絶妙な感覚で並んでいていい感じです。

これはニュアンスの詩とでももうしましょうか、過ぎて行く日々を大げさではなく、少しだけ肯定的に描いています。

ドアノブ、ルーレット、独楽、傘、ドラセナの葉、ワイン、日曜日の空の色、等々、いろいろな小道具が登場して役割を果たして飽きさせません。

最後の一行
「しずかに目をまわす。」は
やや強引に前半の
一、 くるくるくるくる
に合わせに行ったような印象があるので。出来る事なら違う文章に変えられたらいいなと思いました。
最後はこんなにきれいに着地する必要はないと思います。



「間違い」 aristotles200さん  

佳作の一歩手前とします。

平明な言葉で決して平明でない世界が描かれてゆく。ファンタジーと言うかスラップスティクな作品。
ショートショートのようにストーリーを持ちユーモアも感じられます。
ブラックな香味があり、面白く読ませます。
こういう言い方が許されるなら、エネルギッシュでアナーキーな作品。
紫色の靴は何かの比喩であるとか、そういうことはないと思いました。つまり不条理なことに、ただただ紫色の靴が我慢ならないのだと。そんなふうに読みました。
長編です。ラストのカタストロフへ向けてひた走り、パンクでラディカルな趣であります。
言葉が速射砲のように飛び出して、オノマトペも楽しい。

終盤
マイム、マイム、マイム、マイム
マイム、マイム、ベッサッソン
(水、水、水、水、喜びのうちに水を)
フォークダンスの定番曲が挿入されますが、いろいろとエスカレートした後でのこれですから、面白いです。喜びの歌!!

わたしも作品にウサギのダンス
ソ ソラ ソラ ソラ うさぎのダンス
タラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラ
脚で 蹴り 蹴り ピョッコ ピョッコ 踊る

や 
しょ しょ しょうじょうじ しょうじょうじの 庭は
つ つ 月夜だみんな でて こい こい こい
おいらの 友だちゃ ポンポコポンの ポン

を入れ込みたいと思ったことがありましたがうまくいきませんでした。
これは蛇足ですね。すみません。



「怪物」  月のサカナさん 

マイ・ディアへようこそ。
はじめての方なので感想を書きます。

これは楽しいね。
言葉遊びなんだけど、ユーモアたっぷり。楽しい妄想!新奇と驚異への志向!!

脳内で、ミケランジェロ氏と
フランケンシュタインが混ざって

ミランケンジェロ氏が誕生することが
…たまにある

ルネッサンス期に彗星の如く現れた
縫い目だらけの巨人の芸術家に
なってしまう

おもわず笑ってしまいました。ミランケンジェロ氏。
想像力がくすぐられます。
これは発見であり、書いていて楽しかったんじゃないかな。
詩の中にユーモアを持ち込むのはじつは難しい事なのです。この作品は成功していると思います。
構成もよく、最終連でさらに落とすところなど決まっていました。
言葉って面白いですね。二つの違うものの出会いによって詩が生まれるというのはシュールレアリスムの手法なのですが、こんな形もあったとは!

また書いてください。次はどんな詩が読めるのかとても楽しみです。



「鬼婆」 青山杜甫さん

作者の年齢、性別はわかりませんが、読者の年齢、性別の違いでも随分印象が異なる詩なのではないかな。
つまり、それぞれの立場で鑑賞できる作品だと思う。
振り返れば沢山の愛と格闘してきたのかもしれない。夫のために、娘のために。
それは輝きに満ちた記憶なのか。いまは一人である詩人の絶唱が響いてくる。わたしはそんなふうに読みました。
日常に潜んだ魔を鋭くとらえた詩と言えるでしょう。
最後の一行は、重く厳しい。

石垣りんの詩を思いだしました。
「シジミ」という詩です。短い詩なのでのせてみます。

夜中に目をさました。
ゆうべ買ったシジミたちが
台所のすみで
口をあけて生きていた。
「夜が明けたら
ドレモコレモ
ミンナクッテヤル」
鬼ババの笑いを
私は笑った。
それから先は
うっすら口をあけて
寝るよりほかに私の夜はなかった。

詩は経験と記憶力の勝負とも言えます。期待しています。
また書いてください。
・・・・・・・・・・・・・・・
閑話休題
そういえば「鬼婆」という映画がありました。
1964年のモノクロのホラー/ファンタジーです。監督は新藤兼人。乙羽信子と吉村実子が主演の近代映画協会の作品でした。面白かったです。わたしも古い映画を知ってるなー。もうお年寄り。

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