仮定 うたい屋
もし あのとき
あとひとこと 言えてたら
もし 閉まりかけたドアに
もう一度 手を伸ばしてたら
「またね」のあとに残った
五文字をまだ消せなくて
送れないまま
指先をみつめてる
もし あの沈黙を
きみが迷いだと思ってたら
もし 目をそらした一秒を
ひとつの答えにしてたら
もし あの日の僕じゃなく
きみの中の僕が残ってたら
僕は何も知らないまま
ない続きを育ててる
もし
もし
もし
ひとつ重ねるたび
頼りない枝葉が増えてく
きみが笑った理由まで
僕の中で違う顔をする
事実はひとつも増えてない
それなのに僕だけが
いくつもの結末を知っている
もし 選ばなかった方の道に
今より僕らしい僕がいたら
もし 手放したものたちが
いまも違う方角を指していたら
もし 戻れない理由ばかり
あとから正しく見えてきたら
選んだはずの今日まで
誰かの続きに見えてくる
ifにifを重ねたら
それはもうゼロなんだって
昔 誰かが言っていた
たしかに
そうなんだろうな
それでも それでも
ないはずの景色ほど
手触りまでみえてくる
もし きみが
もし 僕が
もし あの日が
もう少し違っていたら
選ばなかった態度さえ
あとから意味を持ちはじめ
まだ起きてもいないことを
もう思い出みたいに眺めてる
本当はひとつも増えてない
それなのに僕だけが
違う未来を何度も生きている
もし 明日の僕が
今日のためらいを臆病と呼んだら
もし 送れなかった五文字が
きみの姿までくもらせたら
もし きみの答えより先に
僕が結末を決めてしまったら
まだ抱き締めてもいない明日に
僕だけが先に幕を引く
もし
もし
もし
もし きみが
もし 僕が
もし あの日
違う言葉を選んでたら
もし この全部が
考えすぎだったとして
それなら少し
笑えるかもね
でも
もし 考えすぎじゃなかったら
もし あの沈黙が
ほんとうに答えだったら
もし 五文字を送った先に
まだ知らない僕らがいたら
仮定に仮定を重ねて
ゼロになったはずの景色に
また手を伸ばしかけてる
時計の針は
夜の深みを静かに渡る
コーヒーまで
冷たい感じ
指先の薄い熱
夜の色を消しきれない
窓の外で
車が一台 通り過ぎた
きみの答えは
まだ知らない
開けた窓に薄明かり
秒針の音をかすめてく