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スレッドNo.7772

感想と評 9/22~24ご投稿分  水無川 渉

お待たせいたしました。9/22~24ご投稿分の感想と評です。コメントで提示している解釈やアドバイスはあくまでも私の個人的意見ですので、作者の意図とは食い違っていることがあるかもしれません。そもそも詩の解釈に「正解」はありませんので、参考程度に受け止めていただけたらと思います。
 なお私は詩を読む時には作品中の一人称(語り手)と作者ご本人とは区別して、たとえ作者の実体験に基づいた詩であっても、あくまでも独立した文学作品として読んでいますので、作品中の語り手については、「私」のように鉤括弧を付けて表記しています。

●石川ぼうずさん「カレーとペダル」
 石川さん、こんにちは。初めての方なので感想を書かせていただきます。
 軽やかな文体とリズムで書かれた作品ですね。揚げたてのカレーパンのおいしさが伝わってくる描写で、思わずこちらもカレーパンが食べたくなってしまいました。食べ物を描く詩としてはまずこれで成功していると思います。オノマトペの多用も、特にユニークなものではありませんが、詩の雰囲気とマッチしています。
 そしてラストの落ちが良いですね。「ペダルが重くなる」という終行の言葉とは裏腹に、読後感は爽やかです。
 シリアスな作品ではありませんが、こういう詩も楽しくて好感が持てます。またのご投稿をお待ちしています。

●八月野 蝉さん「天上の子守唄」
 八月野さん、こんにちは。初めての方なので感想を書かせていただきます。
 「御前さま」は民間伝承に登場する女の妖怪あるいは女神でしょうか。女の姿を取って人間の男と結ばれ、子を産んだ後に本来の姿を現わして天に昇っていったというストーリーが想像できます。この別れは望まざるものだったのでしょうか、イラクサの揺りかごに入れられた幼子のために遠い天から子守唄が聞こえてくるという、もの悲しいイメージで締めくくられています。
 全体的に民話風の内容になっていますが、もしかしたら現代の複雑な人間関係のことを暗示的に描いた詩なのかも知れないとも思いました。凝縮された短い詩行からいろいろなイメージと解釈の広がりを想像することができる、味わい深い小品だと思いました。またのご投稿をお待ちしています。

●Mayさん「白昼夢」
 Mayさん、こんにちは。初めての方なので感想を書かせていただきます。
 この作品の主題は「本物」と「偽物」の対比だと思います。二行目の「偽物の夏」と終行の「本物の夏」が全体を囲い込む構造になっており、その中で昼と夜にまつわるイメージ(太陽と月など)が入り交じって描かれていきます。
 「白昼夢」というタイトルから、おそらく語り手にとっての現在は昼だと思われますが、そこで語り手が夢見ている月にいる「僕」の方が「本当」であるという、「本物」と「偽物」の逆転が見られます。夢想と現実の境が崩れていく幻想的な雰囲気がよく出ていると思いました。パーツとしては、

街灯の下で潰えた黄金虫
探さなくていい
此処にあるから

という部分が印象に残りました。またのご投稿をお待ちしています。

●aristotles200さん「名」
 aristotles200さん、こんにちは。これはaristotles200さんお得意の哲学詩ですね。「世界は存在しない」とか「運命は存在しない」という主張は、哲学の世界ではそれほどユニークな主張ではないと思います。だからそれを詩にしてはいけないということではなく、むしろありふれた素材をいかに独自の視点から提示してみせるかが詩人の腕の見せ所であると思います。
 さて、本作品で重要な役割を果たしているのは「海」の存在であると私は思いました。すべてが存在しないとされる中で唯一存在している海。

何処でもない
暗闇の中で
潮騒が
音をたてている

この部分から、私は旧約聖書の創世記冒頭部分を思い起こしました。

初めに神は天と地を創造された。
地は混沌として、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。
神は言われた。「光あれ。」すると光があった。

神が「○○あれ」と「名づける」ことによって万物が創造されていく、というのが創世記の記述ですが、不思議なことに、その前に「深淵」や「水」があったとされています。本作品の「海」も、そのような世界の存在以前に存在した原初の海をイメージしているのかと思いました。
 そう考えると、この詩ではユダヤ・キリスト教的な創造概念をひっくり返しているのではないかと読めてきます。「名づける」ことによって生み出されたすべてのものは存在しない。あるのはそれ以前の混沌とした「海」だけである、と。
 この「海」があることによって、この詩はありふれた哲学的概念の繰り返しではなくなり、ぐっと内容に深みが増したと思います。評価は佳作とさせていただきます。

●人と庸さん「不在」
 人と庸さん、こんにちは。これは不思議な雰囲気をたたえた詩ですね。舞台となっているのは廃墟となったゴーストタウンですが、評者は読みながら東日本大震災の帰還困難区域を思い起こしました。投稿日が9月であることから、もしかしたら作者の意図もそこにあるのかもしれませんが、はっきりとは分かりません。いずれにしても、長く見捨てられていた場所も新しい家が建ち、復興の兆しが見える。けれどもそこに人は(まだ)住んでいない……。
 この詩の語り手がなぜ家々を訪問しているのか、なぜ町は無人なのか、一切説明されておらず、読者の想像力に委ねられています。それは不気味な光景とも受け取れますが、同時に生い茂る草木や蝉、入道雲といった自然描写の中に、いのちへの希望がそこはかとなく示されているようにも思います。
 いろいろなことを考えさせられる、味わい深い作品でした。評価は佳作とさせていただきます。

●れもんさん「乾いていたい」
 れもんさん、こんにちは。初めての方なので感想を書かせていただきます。
 これは「正しさ」を主題とした作品ですね。「正義」と言ってもいいのかもしれません。人は正しく生きようと願うけれども、現実にはなかなか難しい。これはいつの世にもある葛藤だと思いますが、この詩では「正しさ」を「乾き」と表現しているのがユニークだと思います。そして乾いた「正しさ」の対極にあるのが「べたべた」した状態ということですね。
 語り手の「ぼく」は正しさを求めながらもどうしても身体がべたついてしまう。かといってそれを乾かそうと風を入れると今度はかさついて痛い。正義をめぐるジレンマが肌感覚のメタファーで生理的に感じられるように描かれているところが巧いと思いました。
 タイトルの「乾いていたい」も、乾いた(正しい)状態でいたいという願望と、乾いて「痛い」という状態のダブルミーニングになっているのが面白かったです。またのご投稿をお待ちしています。

●そらねこさん「コトノハ」
 そらねこさん、こんにちは。初めての方なので感想を書かせていただきます。
 これは「ことば」についての詩ですね。人の心を豊かにし、人と人をつなぐためにあるはずのことばが心を満たすことができないばかりか、人を傷つけ血を流させるものとなってしまっている。これは情報はあふれているのにますます人々が生きづらさを感じるようになった現代社会の状況(特にSNS等)を鋭く描いていると思います。
 語り手の「僕」はそのような社会の中で、自らを満たしてくれるような本物のことばを探している。それがタイトルにある「コトノハ」ということなのでしょう。あえて古風な表現をタイトルに持ってきたのは、かつての日本人が持っていたゆたかな言語感覚を取り戻したいという作者の願いの表れかもしれません。
 この作品ではことばについて異なる表記が用いられていますが、1-2連の「言葉」と4連の「コトバ」はどちらも否定的な意味で用いられています。これに対して、下から2行目の「言葉」は肯定的な意味で用いられていると思いますので、「ことば」あるいはタイトルと合わせて「コトノハ」など、異なる表記にした方が良かったかも知れないと思いました。
 現代人をとりまく言語状況に対する作者の切実な危機感が伝わってくるような、胸に迫る作品でした。またのご投稿をお待ちしています。

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以上、7篇でした。今回は初めての方が多かったです。いつもの常連さんに加え、新しい詩人さんとの出会いが与えられたことを感謝します。

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