棺 上原有栖
北風に冬の号令を感じられるようになったころ、疎遠になっていた
知人の葬儀に参列した。歳若くまだまだこれから、といったところ
で逝ってしまった。報せを聞いたときに掴んでいたカップを落とし
てしまった程だ。床に落下してひび割れたそれは、故人からかつて
貰ったものだった。乾いた音を立てて外れた持ち手は、修復を拒む
かのように砕けてしまった。/葬儀の地は、私の地元でもあった。
卒業して仕事に就いてから、戻ることはあまり無かった。都会から
少し離れた町、田舎と表現するほどには辺鄙ではないが栄えている
とも言えない。そこに、私達の故郷はあった。実家に荷物を置き、
喪服に着替え式場へ向かう。今住んでいる街に慣れてしまったのか
、ここには色が少ないように思えた。家々の外壁塗装や道路の信号
機、道端のポスト、自販機のイラストさえも、白く掠れて見えた。
/読経が読み上げられるのを聴きながら目を伏せていた。ふと、辺
りを見回すと数人の知った顔と目が合った。なかなか帰ってこない
手前でこちらから声をかけるのも気が引けてしまったので、目配せ
で再会に代えさせてもらった。仕事先の繋がりなのか、ほとんどの
参列者は知らない顔だった。故人と疎遠になってからの近況は分か
らない。ただ、これだけの人数が来るということは将来も嘱望され
ていたようでその事を考えると胸のどこかで軋むような音がした。
/一人の女性が肩を震わせながら泣いていた。親族の席に座ってい
ないのだから血縁者では無いのだろう。彼女は時折嗚咽を漏らしハ
ンカチで涙をぬぐっている。隣に座る友人とおぼしき女性は肩をさ
すってやっていた。どんな関係性なのか、ただそれだけの悲しみに
苛まれるということは、それなりの関係だったのだろう。この世か
ら居なくなってしまった後もここまで涙を流してもらえる、そんな
姿をみて故人の生前を想った。/棺は白く、清廉であった。故人の
顔も旅立ちのために整えられていた。どんな気持ちで逝ってしまっ
たのか私に分かるはずもないがその閉じられた瞳に問えるのならば
聞いてみたいと思った。そして、貴方のために多くの人が哀しみ、
涙を流し、別れを惜しんでいるということを伝えてあげたかった。
/全てが終わって私は日常に帰っていく。次にこの町に戻ってくる
のはいつになるのか。また誰かを見送るのかもしれないし、もしか
したら自分が見送られる側になるかもしれない。そのとき、式場に
いたあの女性のように私のことを悲しんでくれる人がいるのだろう
か。彼女が肩を震わせながら漏らしていた嗚咽の響きが耳の中に残
って、まだ消えてくれない。