水紋 Ema
毎日
生きやすそうな朝をえらんで
何者にもなれないまま
輪郭をもたない
夢を見続けている
整然と並んでいる
縦書きのタイトル
見つめながら
見つめられながら
書架の合間を縫う
夥しい数の本が織りなす
静寂を吸う
ふと思う
本はかつて
木であり 森であったと
すうっと目が合って
引き寄せられて
均衡を崩さぬよう
一冊
そっと引き抜く
ぱらぱらとページをめくる
連なる文字の中
ひとすじの言葉が
ふわりと光る
それは水滴となって
凪いだ私の海に落ちて
ぽちゃり と跳ねた
すぐさま
貸し出しカードで
外に連れ出した
秋晴れのかわいた空の下で
息をつく
手にした本に問う
——あなたに、
木の記憶は あるのだろうか
外の空気は 懐かしいのかな
雨にはもう 触れられないね——
木陰のあるベンチに腰掛けて
扉をひらくと
本は本の顔をして
何食わぬ顔で
言葉を丁寧に語りはじめた
この一冊は
私の内側に開くのか
それとも
どこか別の場所へと
私を連れ出すのか
次はいつ
目が覚めるのだろう
明日かもしれないし
数年先かもしれない
空調の保たれた館内で
文字と余白を抱きながら
風に吹かれていた頃の
夢を見続けている