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スレッドNo.7825

サイン  相野零次

サイン

彼女が泣いたわけが僕にはわからなかった
僕はいつものように鍵を開け家に入り
おかえりという彼女にただいまと言った
それ以上の言葉はかわさないのがお決まりだ
仕事が終わって僕は疲れているから
現場仕事で汗をかいているから
まずはシャワーを浴びて
ご飯を食べておちついてから
ぽつぽつとその日の話を始める
いつもそうしてきた
なのに今日は違ったんだ
いただきます、と言ってご飯を食べようとしたとき 突然
彼女は泣きだしたんだ
え、なに? どうしたの?
僕は彼女に問いかけた
わかんないと彼女は言った
何かあったんだね、言ってごらんと
僕は立ち上がってやさしく問いかけた
わかんないの、わかんないけど涙がでてくるの
と彼女は言った
僕はもうパニックになってご飯どころじゃなくなった
彼女は私のことはいいからご飯たべて冷めちゃうからという
僕はとりあえず座り直してご飯に手をつけた
彼女はぐずついていたが落ち着きは取り戻していた
味もよくわからないままにご飯は食べ終えた
僕はいつものようにごちそうさまと言った
するとなぜか彼女は笑い出した
え、え? なに、どうしたの?
すると彼女は言った
あなたってなんでもさ 決まったことをするじゃない
決められた生き方っていうか
ルーティンっていうのかな、そういうの
え、と決められたことをしている? 僕が?
そうよ、だって今いったでしょごちそうさまって
言ったけど、それは普通でしょ?
そう、普通なんだけど、何ていうか、わたしは普通じゃなかったでしょ?
泣いてたんだもん。気が気じゃなかったでしょ?
そうだね、どうしたのか心配だった。
でも、そんなときなのに、ごちそうさまは普通に言うんだな、って、それがおかしくて笑ったの。
ん?よくわからないな。
僕はいったい彼女が何を言いたいのかさっぱりわからなかった。彼女は言葉を続けた。
あのね、あなたってさ、自分だけのルールで動いてる人なの。頑固っていうのかな。
別に悪い意味じゃないんだけど。あのさ、わたしが泣いたのはね、今日ちょっと悲しいことがあったの、
テレビドラマなんだけど、ヒロインの恋人が死んじゃったの。そう、今見ててはまってるやつ。それで、なんだか悲しい気分だったんだ。
それでね、あなたが帰ってきたとき、気づいてほしかったの。私が悲しい気分だってこと。だからさ、おかえりっていうときに、すごく悲しい気持ちでおかえりって言ったの。
でも、あなたは普通にただいまって言った。気づいてほしかったの。うん、それはいいの。気づかないのが当たりまえだから。それでもさ、なんだか悲しい気持ちがますます出てきてね。それでご飯をたべるときにさ、私あなたの顔をじっと見てたの。気づいて欲しくって、悲しそうな顔の私に気づいてほしくって。でもあなたはまるで気づかずにご飯の方ばっかり見て、いただきますって言ったから、私の気持ちはやっぱり届かないんだなって、悲しくなって泣いたの……ううん、あなたは悪くないよ。仕事で疲れてるんだもん、気づかないよね。っていうか、なんで泣いちゃったんだろ私?
結局、彼女は怒ってないし、気にしないでって言ったけど、僕にはどうも納得いかなかった。
彼女が泣いたのは、僕が彼女の気持ちに気づかなかったらしいけど、僕は超能力者じゃないから当たり前だ。
いや、違うな、そういうことじゃないのか。
僕は何よりシャワーを浴びてご飯を食べることだけを考えていたのかもしれない。何より優先させていたのかもしれない。だから彼女が送ろうとしたサインに気づかなかったかもしれない……。
彼女が泣いたわけが僕にはよくわからなかった。
でも、次はわかるようにしなきゃいけない。
いや、泣かさないようにしなきゃいけないんだね。

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