評、10/9~10/12、ご投稿分、残り。 島 秀生
●TICOさん「小指」
TICOさん、本領発揮の一作です。感性表現がスバラシイ。
やっぱり、凄いな。「これぞTICOさん!!」という作です。
名作&代表作入りを。
待ち合わせの約束を破ったから、指切りげんまんの、小指が気になるわけです。
小指をどんなふうにしておけば良かったのか、内面的な葛藤が始まります。
場面は、待ち合わせが実現しなかった(すっぽかされた)一人の帰り道。
デートはなくなったから、まだ明るい空の帰り道です。その空の叙景もいいし、とびきりは、飛び石を五線譜の楽譜に見立て、アルペジオだと表現したとこです。
終連は、「君」の良くない面を予想させますが、詩はそれよりも自分を責めているようです。
ステキな詩ですね。センスもいいし、抒情性も豊かです。文句なしです。
●相野零次さん「永遠の海」
ロマンチックがいいですね。
人によって想像するユートピアの姿は違いますけど、ともあれ、世情を離れ、なんの憂いもない世界で、愛し合える二人で暮らせるならいい。理想型です。
1~8行目まではステキにロマンチックなので、おまけ秀作プラスを。
えーーと、細かいこと言うとね、
A 死んで魂だけになっても、ここへは戻ってこれる。
君も戻ってきてくれるならうれしい。
B 実はここにいるのは僕と君だけじゃなくて(略)
僕も君も最初から死んでいる。
Aはまだ死んでいなくて、君はそばにはいない
Bは二人とも死んでいて、二人ともそばにいる
なんか両者、背反して見えますよ。
さらに言えば、
Aでは「海」は、生でも死でもないユートピアかサンクチュアリみたいな別世界で
Bでは「海」は、死後の世界における、特別な場所といった感じだ。
なんか、またしても、途中で設定が変わってきてると思える。
たぶん9行目「というよりも」の行から、設定が変わってきてるんだと思う。
話が次に展開して、発展的に、設定が変化していく、といったストーリー上の意図したものなら、途中で変わっていってもいいんですよ。でも、これ、ストーリー上の脈絡なく、変わってるやつ。自分で気づかずにズレていってるやつなので、ちとマズイです。
まずもって、自分で気づいて下さい。(推敲段階で絵を書いて見るのも良し)
気づいた上で、前後とも生かすなら、前後をつなぐ脈絡を考え、追加することです。
一例を示します(いっそ場面を変えてしまうことで、両者間の脈絡を作る例)
永遠の海
どこかに永遠と呼べる場所があるなら、
僕はその海で永遠に泳いでいたい。
君とおそろいの指輪をつくって、
それをつけている間は、いつでもここへ戻ってこれる。
君の誓いの言葉は永遠に海の中を漂う。
僕は泳ぐたびにその言葉の欠片を拾い集める。
死んで魂だけになっても、ここへは戻ってこれる。
君も戻ってきてくれるならうれしい。
*
君と僕がここにいる
実はここにいるのは僕と君だけじゃなくて、
他にも救われた魂の居場所だ。
僕も君も死んでいる。
でもここにいるとそのことを忘れさせてくれるから、
生きていることと変わりない。
おだやかな波 永遠の海
ここは死後の世界だけど、誰でもがこれるわけじゃない。
僕と、君と、ここは選ばれた世界
まず推敲段階でズレに気づき、
ズレに気づいたら、前後が繋がって見えるべく、なんとか工夫を凝らす、ということです。
相野さんのズレぐせは根が深そうなので、ズレぐせを直すことより、ズレの間をなんとかつなぐ、ということを考えた方がいい。
●ベルさん「エレクトーン」
1~6連まで、バツグンにいいですね。
7連も、まあいいかな。
そのあとですね、問題は。
話が本題に入ったところで、なんか急にラフになってきます。
あのね、私の読み方ではね、
エレクトーンの音は冒頭からすでに鳴っていると読めたのです。風の音も、時の音も、エレクトーンが奏でる音の比喩で、メロディは宇宙の通り道のように流れて、蜃気楼もブランコも、弾いている曲想が描いたものと、読めたのです。そう読んだ方がずっとすばらしい。
だから、この読み方なら、後ろの3連はいらないと思う。
7連で、弾いている少女の顔のきみが、ちらっと見えて、それで終わってしまったらいいと思う。
7連は最後だけ、「少女の頃のきみのままだね」に変えたら、それでこの詩は収まると思います。
そんな案で一考してみて下さい。
でも途中まで、ステキな詩行の連続でした。秀作を。
●aristotles200さん「シンク」
登場人物の特殊性から、不条理を描いた一作というべきですね。
構図として理解できますが、一個いうと、リアルと想像を重ねられるものがないことかな。
洗っても洗っても追いつかない、ならありそうで、皿の中に埋もれて、皿になってしまう、なら、リアルと重ねられるものがあるんですが、この話は、関係なく1枚を洗い続けていますから、登場から不条理満載のキャラです。
渦の中心から、らせん状に全部の皿が割れていくところは爽快ですね。
そこを、ある日、革命的に爆発した、と取ってもいいでしょうけど。
ただ、ラストの「することがない」、あるいは「ヒマだ/することがない」としてもいいでしょうけど、そのセリフのカッコ良さからいうと、やっぱり不条理系のお話でしょうね。シーシュポスから、転がしてる岩を取り上げたみたいな空虚感でしょうか。
してみると、やっぱり序盤が謎ですね。
お皿を洗え、と言われて、どのお皿を洗え、とは言われてないので、同じ皿を洗い続けるというのは、ユーモア的なおもしろさはありますが、これの意味がやっぱりわかりにくいです。
洗い物のお皿を全部キレイにすることが目的ではなく、ただ「洗う」という行為自体が主人公の目的と化していることはわかるんですが(だからこそ皿が全部割れたあとで、「することがない」になるわけですが)、それを象徴的に1枚の皿にしてみせた、ということで、そこはいいんでしょうかね。
まあ、私が感じたことは以上です。やっている構図はわかるんですが、それに重なるリアルが浮かばなくて、比喩性に欠けるというか、理論のための閉鎖空間的な感があるのが、やっぱりちょい気になったかな。
いちおう名作を。
●八月野 蝉さん「古戦場跡」
かつて旗指物が蹂躙されたその地に
今、建売り住宅の旗が立つ
と、旗を重ねたところは、とてもおもしろいですね。
古戦場の跡は、正確なこと言うと、近畿圏は特にあちこちにあるので(昔は都が京都でしたからね、戦もその周辺地域に多いのです)、
宅地に変わってるところも、実際ままあると思います。
そこはいいんですが、
この詩って、創作入ってますか?
首塚を壊すのはさすがにマズイでしょう?
それ、本当?
それ、本当だったら、それ、あとで住民に知れたら、絶対トラブルになるやつです。
ちゃんと仏さんの魂ぬいて、移設したあとのものならいいんですが。
いちおう、そこはたぶん創作なんだろう、で読ませてもらうことにしました。
シマトネリコは今どきの木なので、シマトネリコを植えたのは、本当でしょう。
なかなかおもしろい着眼の詩でした。冒頭述べたところが一番良いです。
また書いて下さい。私は八月野さんは初回なので、今回は感想のみ。
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※評の終わりに
あれは、中学生の時だったと思うんですが、聖徳太子のことを習った時に、
聖徳太子が活躍したのは、推古天皇の時で、推古天皇は聖徳太子の伯母だと習いました。
そんなぐあいですから、推古天皇が女性天皇だというのは、学校で習ってる人も多いと思うんですが、
なんでか今は、天皇は男系男子でないといけないという話になってて、
それは明治時代にできた法律による、というんですが、
これが何度聞いても、理屈がよくわからない。
私が言うことでもないんですが、なんで女性がダメなのか、いまだにスッキリしないです。
たぶん推古天皇が女性だって知ってる人は、みんなスッキリしてないんじゃないかな。