ベテラン 妻咲邦香
もう何十年と生きているのだから
ベテランである筈なのだ
ところが傾いた開き戸ひとつ直せない
突然訪れる感情にも戸惑い
思うように言葉が出て来ない
枯れ草を焼いて、灰を畑に鋤き込む
まだ足りないが今日はここまでだ
蜜蜂の巣箱はもう三年も空で
遠くの景色だけが変わらないまま
景色こそがベテランだ
来客が遅れて来ると連絡があった
空いた時間でさて何をしようか
考える
また考える
ベテランだ
考えることに於いて私はベテランなのだ
友との便りも途切れがちで
冬眠前の蛙が一際高く鳴いている
最後の一鳴きか
どうせ明日も鳴くだろうことはわかっている
ベテランだ
ベテランは欺くことにかけては天才なのだ
彼等の目を見るといい
何と多くの詩情が拾われることもなく
土に染み込み消えていったことか
まだ足りないとぼやきながらも
突然にこと切れる
返す言葉も術もない
そして、そんな時が訪れるのを
ただひたすらに待っている
ベテランだ
あるべきベテランの姿なのだ