夫婦 秋冬
本当に
苛々する
どうして
お前は
そんなに愚図なんだ
背中を丸め
カートを押す夫に
背筋真っ直ぐな妻が
怒鳴り散らす
三十年後の自分を
思い浮かべる
体力が衰え
妻に怒鳴られる
なんて
まっぴらごめんだ
メモ書きを
頼りに
買い物をする日曜日の午後
老夫婦の
周りから
人は自然と消える
関わりたくない
見たくない
でも
ちらちらと
見てしまう
夫は
怒鳴られても
表情は優しく
言い返す気力もないようだ
本当に
苛々する
どうして
お前は
そんなに愚図なんだ
レジに並んでも
老婆の怒声は
変わらず続く
セルフレジで
あんな風には
なりたくない
と思いながら
マイバッグに
黙々と詰める
頼まれた食材から
夕飯は
餃子だと分かる
餡は妻が作り
包むのは私の担当だ
家に戻ると
妻は
リビングで
韓国ドラマを
出掛ける前と同じ姿勢で
見ている
おじいさんは
山へ柴刈りに
おばあさんは
川へ洗濯に
おとうさんは
スーパーへ買い物に
おかあさんは
ソファでドラマ見る
見ず知らずの
人々の前で
怒鳴られるくらいなら
買い物を言いつけられるくらい
何とも思わない
よほど
ドラマが面白いのか
ただいまと言っても
聞こえないようだ
私は
食材を
冷蔵庫へ入れて
ソファでスポーツ新聞を読む
餃子の餡を
包みながら
老夫婦の話をする
あぁ、もちろん知っているわよ
奥さんが認知症で
旦那さんが介護しているんだって
偉いわよねぇ
隠すこともせず
施設にも入れず
一人で
面倒を見ているんだから
私は
覚えてしまった台詞を
諳んじる
本当に
苛々する
どうして
お前は
そんなに愚図なんだ
あぁ、それはね
旦那さんが
奥さんを
しょっちゅう怒鳴っていたんだけど
認知症になったら
奥さんが同じことを言うらしいのよ
私は
浅はかさを恥じる
夫は
過去に
懺悔していたのだ
言い返せないのではなくて
すべて受け入れていた
ということか
好きとか
嫌いとか
良いとか
悪いとか
幸せとか
不幸せとか
そういうモノサシで測れない
切っても切れない縁を
夫婦と呼ぶのだとして
いつか
その日が来たら
私たちはできるだろうか?