やさしい言葉 朝霧綾め
引き出しから
昔の手紙を出し
幾通も 幾通も
読んでいく
遠くに住む友だちからもらった手紙
両親からの誕生日カード
むかし出したファンレターの返事
一通 読むたびに
そのときの小さな私の姿が
浮かび上がる
手紙の中には やさしい言葉だけがあって
私も送り主も
幸せそうに 手を振っているように見える
昔の私の姿は少しずつ大きくなり
今の私に近づく
手紙の日付が
ようやく最近のものになったとき
私は戸惑う
現実は
これほどやさしくはなかったことを
思い出すのだ
あれだけ喧嘩していたのに
あれだけ叱られていたのに
ここには
やさしい言葉しか書かれていない
手紙は会話とは違って
文字に残る
相手の机の中に
何年もしまわれると思えば
厳しい言葉なんて書きたくない
きれいな切手を貼ってまで
議論をしたいと思う人はいない
やさしくない言葉を
贈りあえるような人は
できるだろうか
相手を想う気持ちから
たとえ厳しい言葉でも
自分の言いたいことを 言えるだろうか
やさしい言葉は
素敵な言葉
厳しい言葉も
素敵と受け止められるようになるまで
あと何年かかるだろう
やさしい言葉を書くときと同じように
厳しい言葉を 愛情こめて
書いてみたい