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スレッドNo.927

キ語 暗沢

毛糸帽は 冬の季語
しかし秋だったと思う あの人が
被っていたのは

あの人は食堂で働いていたのだが、
春先に姿を見せなくなって
季節を二つほど跨ぐ頃に
再び顔を合わせた時は
随分と心許なくなっていた。

なにより目についた
毛糸の帽子

女性の結う程度には長い髪を納めるに
灰色の粗い生地は
随分と小さくまとまっていた
まとまり過ぎていた
これではまるで小柄な彼女の頭に
肌の上からからぴたりと
貼り付いてしまっているようじゃないか

 なにをとぼけているんだ?
 一目見たのと同時に気付いていたろうに
 あれはお前の母親が肺を患って
 それがもう随分と長引いていつからか
 病室で被っていたものと同じじゃないか
 あけすけに見ると嫌がるから慮ったが
 「なんでこんなに生地が肌にピッタリと貼り付いているようなんだろう?
 まるで髪が無いみたいだ」
 なんて考えたお前の予想は
 全部当たっていたよ
 それから暫くして夜更けに叩き起こされて聞かされたのだ
 危篤と
 対面したのは病室ではなくて集中治療室だ
 病床の患者はつるっぱげで
 もう話すどころか瞼すら自分で閉じれない有様で
 濡らしたガーゼを充てられテープで閉じられていたな
 人工呼吸器で膨らむ胸はこうも不自然なものなのかと
 寒心したものだったよ
 それから実に
 あっという間の事だった

毛糸の帽子は何処(いずこ)へ?

「離れる前にね、ちょっとさいごにお手伝いに来たんです。
 体が駄目になったらなったらで、こんな分際ですから
 サッパリ未練なくごきげんようと思ったけど、
 終わりにこうして少しでも立たせてもらえますのは
 なんだかありがたいですね。」


目に付いたのは 彼女ではなく
毛糸の帽子

いや さいごとは限らないじゃないか
あなたは頑張っているし そうして
帽子でお洒落するよう振る舞う姿は
いじらしいし 素敵です
また 元気になるんですよ
あなたは
あなたが
生きている標(しるし)なのだ その

毛糸の帽子は
毛糸の帽子
毛糸の帽子だ 

なくなったことを偶々耳にしたのは
それからまた暫くしてのことで
それから・・・・

毛糸の帽子は何処(いずこ)へ?

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