影庵の主はにかむ秋灯
『こほろぎ』ラスカルにも届きましたか。自分が選句と校正と栞文に参加しているせいもありますが、あらためて句集の体をなすと佳い句集だと思いました。岡田一夫ことインターネットの「影庵」の主かげおさんは桑原三郎代表の「犀」の編集長であり、かつ現代俳句協会埼玉支部の副会長と事務局長を兼任しており出版部の仕事も手伝っていたので、かなり多忙であり、よく「きっこのハイヒール」や馬場龍吉さんの「俳俳句本舗」はじめさまざまなインターネットのしりとり俳句に参加しているうえにわたくしが吟行頭取をつとめる動物句会にまで参加して「犀」との合同吟行句会も企画してくれたりと、八面六臂の活躍で、わたくしは「影庵」の招待席にまだ俳句を初めたハイヒールひよこ組だったのにも関わらず招待されて、たまたま父が倒れて死ぬまでを「リア翁の夏」(だったか昔なのでうろ覚え)という連作を掲載されたのが初めての作品発表の場となった恩人で、かげおさんの主宰する「影庵句会」には12年間参加させていただきました。ラスカルとは全く作句も選句も異なるのに二人の特選が一致したのが、
寒紅を引く息の根に触れながら かげお
でした。わたくしがごり押しして句集に追加しました。(*^▽^*)ゞ。
『こほろぎ』は余りにも句稿が膨大なので奥様が直近の十年に絞ったので、わたくしが「犀」の善福寺川緑地公園の吟行の案内役とランチの料理を作ったお礼にとかげおさんがくれた「犀」の「眠り穴」という作品に感銘を受けて載せようと思ったら、直近十年に入っていなかったので栞に追加して感賞した経緯がある。
秋風や喪服の襟の眠り穴 岡田一夫
選句はひとそれぞれでわたくしの選は「作品自体が喜ぶ」感賞なので作者や他の選者は一切忖度しない。いわゆる名句と云うものは既に定評が定まったものであり、わたくしが発見して選んだものではない。わたくしに言わせると他人の手垢が付いた価値である。古典の「温故知新」は尊重するが、やはり目の前の新しい自分の発見の喜びが句会の楽しみである。わたくしの栞文は最初にわたくしがこれらの句を発見した時の感賞をその時のままに書いたもので、二十年経ってもこれらの句を目にした時の喜びは変わらない。
後日奥様から手紙が届いて、わたくしの感賞を読み返すたびに涙が出て夫は自分の句が良き理解者に恵まれて幸せだったと書いていただいた。奥様の話だと彼女は定年まで働いていたので「犀」の俳人たち以外は知らなかったが、かげおさんは「猫髭さん、猫髭さん」とよく話題にしていたそうな。あんなに忙しいのによく動物句会のような俳句馬鹿句会(鎌倉には「俳句桜紅葉会」で登録しており、馬肉が桜、鹿肉が紅葉の意味をもじったもので、ああ馬鹿会ねと言われる)に顔を出してくれるなと思っていたが、動物句会は俳句の吟行に使われる場所には行かず、え、こんなところで詠むのかという場所を吟行に選ぶのでかげおさんも楽しくて参加してくれたのだろう。一番笑えたのは、永井荷風が死ぬまで通った京成船橋駅そばの大黒屋のかつ丼を食おうと近くの船橋競馬を吟行に選び句会を大黒屋でやった時に、欠席投句でかげおさんが上位を独占した時で以来動物句会は欠席投句は禁止としたが、赤い色鉛筆を耳に挟んで競馬新聞を読むとか、落馬があってそこには白詰草が咲いていたとか(実際落馬があった!)実に見てきたようなリアリティには恐れ入った。わたくしは参加者を全員の俳号に見立てて実況中継をきっこさんがやっているような創作吟行記を原稿用紙に30枚書いたので探せばどこかにあるだろう。歌舞伎座の天井桟敷で吟行したときは吟行の俳句をちりばめて登場人物に参加仲間の名前をはめ込んで30枚くらい書いたから、それをプリントアウトして面白がってた者もいたねえ。
かげおさんとは湯島天神のビールと発泡酒の飲み比べ大会で初めて会って、黙っていると二谷英明を彷彿とさせる苦み走ったヤクザ風で笑うと優しい町内会のオジサンに豹変するという二面性がはにかみになって一目でいいひとだとわかったが、本物の麦酒と発泡酒の違いを飲み分けたのはわたくしとうさぎさんとかげおさんだけで龍吉さんも間違えたから、酒はそんなに飲めないと謙遜して恐縮していたが「違いのわかる」俳人だったことは間違いない。(*^▽^*)ゞ。
