蔵屋敷見て花どきのイタリアン
今日は、蛍の飛び交う清流がたくさん残っている足守の町を散策。古代より備中国の中枢の一部に位置し、豊臣秀吉の正室の「ねね」の兄である「木下家定」が関ヶ原の戦いの後、足守の地を領有し江戸時代は陣屋町として栄えた。
現在も大名庭園の近水園や歴史的建造物群が多く残っており、また「緒方洪庵」や「木下利玄」等の文化人を輩出した町として知られている。
花ひらをひろけつかれしおとろへに牡丹おもたく萼をはなるゝ 利玄
で、お吟的には、利玄生家あたりの雑草の素晴らしさに佇んでしまう。刈り込まれてあるゆえ、グランドカバーのようになった背の低い烏の豌豆に混じって、すみれがちらほら。庭園の隣の足守小学校の素朴さは何だろう。風に揺れている「この相撲場は足守小学校の宝です」の札の下には、立派な土俵があるのだ。そして、この石造りの凸凹の柵!倒れないよう鎖を渡してる(笑)。↓校門横の古い木造建築は、180年前に木下家の表門として造られ、小学校になってからは正門として使われ、現在は移築されて倉庫になっているとさ。
