MENU
274,622

スレッドNo.2951

褄黄蝶す~いす~いと飛びゆけり *褄黄蝶(つまきてふ)。

今日は杉並区の桜の名所善福寺川緑地公園を三ヶ月ぶりで吟行。善福寺川沿いに400本の桜があるので今年は四月十日までは混雑を避けるため撮影禁止という無粋なお達しで、もともとわたくしは桜も好きではないし(人混みが大嫌いなので)寄り付かないが、今日は十二日で桜も盛りを過ぎて葉桜だから、「名残の花吟行」として企画したが、二箇月休んだので参加者は少なく、「三人のおっさん」だけだったので、足に自信のない者はいないので和田堀の池の手前に武蔵野園という釣堀のプレハブ料理屋があるのでそこまで20分ほど吟行しながら歩いて、そこで昼飯を食べて、また戻って句会場に行こうと出かけた。

実は第一回の「ににん吟行句会」も去年の三月に同じ場所だったが、桜はまだの上「春は名のみの」寒風が吹いていたので、誰もわたくしに付いてくる者はなくて、岩淵喜代子代表以下次期新井代表含め全員暖房の効いた句会場で老人ホーム句会をやる始末で、高野素十は吟行では一カ所に半日座ったままでそこから見える世界を詠んでいたというが、

  甘草の芽のとびとびの一とならび
  朝顔の双葉のどこか濡れゐたる
  ひつぱれる糸まつすぐや甲虫
  翅わつててんたう虫の飛びいづる
  桃青し赤きところの少しあり

こういう俳句は確かに視野が狭い直近の物しか見ていないようだが、素十なればこその目で詠まれている。素十の言葉で言えば「甘草の芽のとびとびに一とならび」ではないのである。無感情に見た儘を詠んでいるだけなのか、と言えば素十の句には感情が助詞ひとつにもあふれている句もあるのだ。

  秋の灯にひらがなばかり母の文
  秋の灯にひらがなばかり母へ文

脱線したが、吟行というのは「季節との出会い」であり、凡人俳句は吟行では「歩いて出会う」ことが必要だと思う。

例えば、今日は大鷹を撮りに来ているカメラマンから、大鷹だけではなく蝶や花も撮りに来ていると教えてもらった。褄黄蝶は我々には紋白蝶だと思えたが、飛び方がひらひらではなくす~いす~いと風に乗るような跳び方で♂は羽根の先が黄色で羽裏が網目状なのが特徴で、三月から五月までしか見られないと、あ、それが♀であっちが♂ですと、紋白蝶としか思えないのに雌雄も見分けられるのかと初老なのにこのカメラマン先生の動体視力はすごいと三人の俳句おっさんは驚いた。軽鴨がいたので軽鴨の雌雄はわかりますかと聞けば一羽では難しく沢山いると雌は少し大きいのでわかると言う。そうか、鮟鱇も雌が雄よりも倍近く大きいもんなと言うと、今度はカメラマン先生が鮟鱇の雄は見たことがないというので、白子が美味なので料亭におろされるから庶民の口には入らないし、わたくしは鮟鱇の本場の那珂湊の生まれなので知っているのだと教えてあげた。ちなみに鮟鱇鍋は観光客用で、地元では茹でて肝を和えた酢味噌で食べる。

我々が俳人だと知ると他のカメラマンや散歩のおばさんも寄って来て、わたくしが妙正寺川の枝垂桜や通草の話をすると何とここ善福寺川にも一ヵ所だけアケビがあるというので桜そっちのけで金木犀の茂みに行くと、躑躅の茂みから強烈なアケビの花の匂いがするので中を覗くと本当に赤紫のアケビの花が咲いているではないか。写真がそうである。

昨日が16時ごろから一天俄かに掻き曇り稲妻と雷雨に襲われたのに比べて今日は良く晴れて21℃を越して、明日は雨なので嘘のような吟行日和で、桜も散って残っていまいと思っていたら花冷えが続いたせいか、まだ染井吉野も葉桜にはなっておらず、八重桜が満開で、花海棠や躑躅、叢には射干、花韮、犬睾丸、踊子草、金鳳花が咲き乱れ、結局武蔵野園の釣堀を見ながらの掘っ建てプレハブで、ジョッキでビールをゲソのフライと砂肝の炒め物、クリームコロッケをつまみにがぶがぶぐびぐび飲んで酔っ払い、もう足腰が痛くて句会場まで戻れないと不動産屋のおっさんに駄々をこねられて、その場で清記選句をして千鳥足で解散したのであった。

  吟行のけふだけ晴れて花は葉に
  藪の中朝鴬の口舌(ぐぜり)鳴き
  花にらに囲まれてゐる通草かな
  鉄条網より雛罌粟の花のぞく
  つぎつぎと打ち落とされし紅椿
  夕櫻主を引いて犬帰る
  名を問へば名残の花の思川(おもひがわ)
  たれにでもあるふるさとへさくらちる

お吟さんやりんさんの吟行とは違う呑んだくれ吟行でしたが、やはり吟行はいいねえ。(*^▽^*)ゞ

引用して返信編集・削除(編集済: 2025年04月13日 10:46)

このスレッドに返信

このスレッドへの返信は締め切られています。

ロケットBBS

Page Top