夭折の人の句碑まで青き踏む
県立図書館へ行ったついでに、珠玉の句を遺して25歳で夭折した住宅顕信(すみたくけんしん・1961年、岡山市生まれ)の句碑を旭川緑道に探す。内田百閒の句碑の辺りを探してもなかったので、対岸の夏目漱石の句碑辺りを散策する。遅桜の落花の中に、それはどっしりと構えてあった。
顕信亡きあと、その句が世に出たことも、句碑まで建ったことも奇跡に近い。22歳のとき結婚するも翌年白血病になる。四か月後に長男誕生。まもなく離婚。子どもを引き取り、病室で育児も。除幕式では、8歳になった息子が挨拶した。
若さとはこんな淋しい春なのか 顕信
かあちゃんが言えて母のない子よ
許されたシャワーが朝の虹となる
