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スレッドNo.447

鉄枠の窓より冬の日本海

太平洋に育ったので新潟や佐渡や鳥取出雲の日本海は同じ海でも随分違うと感じた。太平洋が陽なら日本海は陰という印象で、特に佐渡の海は流人塚が多いせいか新婚旅行できたら心中しそうな陰陰とした裏日本の海だった。これは三島由紀夫の長編小説『金閣寺』をもとに市川崑監督が映画化した主演市川雷蔵の名作『炎上』1958年(昭和33年)の名カメラマン宮川一夫の撮影した日本海の凄まじさが印象に残っていたせいもある。白黒のシネマスコープの日本海は強烈な印象だったが、何と市川崑と宮川一夫は「崖一面に墨汁を噴霧器で撒いて黒を強調させ、冬の厳しさを表現する等の工夫を凝らした」というから、いやはや、もろ騙された口だが、映画の凄みというか面白さがこういう虚構のもたらすリアリティを生むのである。現実は生きれば済むことだがフィクションの持つリアリティの面白さはこういう創作のオリジナリティが生み出すので、わたくしはこういう虚構を愛してやまないのである。生きれば済むことを歌う必要はない。人間は眠れば必ず夢を見るように映画や音楽や美術や文藝は生きれば済む現実を支える夢を見る行為なのである。

倉敷の茶房の看板犬が最近出ないと思ったら亡くなったのですね。飼い犬や飼い猫は死ぬんだよねえ。わたくしは人生は一度だけなので何でも一度しかやらないから、迷い犬や迷い猫を親や家族の要望で飼ったことはあるが一度でいいので、他人のように何度も飼ったり何度も結婚することはしないので、人生は一度だけでいいと仕事も同じ仕事は二度としないように、一度で十分だし、ひとりがいいし、ひとりでいい。赤ん坊が泣き喚いていたら見て見ぬ振りは出来ないので、全存在をかけてすがる者を邪険にはしないが独り立ちできるようになれば自立して自分で生きる世界を選べばいいので去る者は追わずでそれでいい。楽しかった思い出は一杯あるので厭なことは忘れて楽しい今を新しく生きていけばそれでいいというのがわたくしの余生である。

とはいえ、なかなか寄ってくる者が多いので行き当たりばったりのしがらみというかえにしというか、この掲示板もハイヒールもそうだが、なにこの8298というカウンターといい、今ぴのこさんが早起きでNo.446の投稿が見えたが、「夏場、珍妙な作務衣を着て自転車を飛ばしているバンダナの白髭さんを見かけたらお声かけくださいませ」と、勿論余所見などしないで走っているから気づかないが言われるのよねえ、この前あそこ走ってたでしょうとか、手を振ったのに気づかなかったでしょうとか、あそこで買物に入ったでしょうとか、わたくし基本、他人様には全く気を遣わないので知らないよ八方に気を配って暮らしてないからよお、ほっといてくださいませ、ほんとに困ったもんだ。好奇心は他人ではなく自分自身に向けてよ。

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