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スレッドNo.465

枇杷の花豊饒の実を匂はせて

>浮気した主人を捨てて一人で子供育ててます

どうして浮気をするのかねえ。人間の屑だね、家庭を大事にしないやからは。まあ、大事にしてても捨てられる者もいるが、大事にしているから相手の意見を尊重して言う通りにしているので、わたくしは結婚という形にはこだわらないので、みんながそれでいいならそれでいい。

枇杷の花は善福寺川に一本あって今年は盛大に硬い白い実をつけているから来年には盛大に枇杷の実をつけるだろう。お世辞にも綺麗とは言えない硬くて小さいカリフラワーのずず汚れた塊のようだが、実が成るとある日、鴉と椋鳥がやって来て一日で食べつくしてしまう。人間には小さ過ぎて酸っぱいが鳥たちには食べごろなのだろう、一斉にやって来て食い尽くす。

ああ、今日は千秋楽で絶対的に有利な高安が阿炎に気合負けして優勝決定戦でも変化されて首を捻ってぶざまな四つん這いで、大関も変化を怖れてびびりまくり一気に押し出されて、番付下位の平幕に優勝を攫われるという困ったちゃんの茨城地元力士である。がっかり。

さあ、明日は朝一の仕事が終わったら、とある全国結社の代表のお供で原石鼎の旧居とイタリア文学者の須賀敦子の旧居跡を探すことになっている。わたくしは作品主義なので別に作者がどこに住んでいようが関係ないのだが、風土というか、どこに住んでいたのかを地理的にその場所を探し出して立つと、作品が膨らむというか、その町の土地の匂いが作品から漂うような親密さが生まれるのかも知れない。そういうお供で、明治時代の古地図からわたくしがこの場所だと特定したことがあり、その土地を歩いていると、ふと作品でしか知らなかった場所の公園とか佇まいに、作品に親しんでいた分、懐かしい気持になることがある。この坂を下りていったのかと作者の思いが風土から教えられるというか、この丘に吹いている風を彼らも感じていて、そうしてわたくしたちもその風を感じているといった、風土と作品がシンクロナイズされて通い合う、そんな気がするのかもしれない。

帰宅したら、今度はわたくしが俳句でお世話になった水先案内人の俳人が九月に病に倒れたのでその遺句集を編むお手伝いである。ハイヒール句会に参加していたので、今回のバックアップの中に遺句集に載せられる句があればもって瞑すべしである。わたくしたちにはかげおさんだったが、桑原三郎主宰の「犀」の編集長だった岡田一夫さんがそのひとで、何度も吟行句会で御一緒もした。わたくしが忘れられない彼の代表作は「眠り穴」の一句である。

  秋風や喪服の襟の眠り穴 岡田一夫

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年11月28日 20:24)

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