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スレッドNo.71

立秋へ大風呂敷を広げたり

>20年近く前、今井肖子さんの桜三十句があまりにも素敵で、お吟さんの「つれづれ日記」で紹介したところ、猫髭さんのお目に留まって、それからの交流なんですよね。

ええ~っ!全く忘れていました。(*^▽^*)ゞ。
そう言えばわたくしが「花一日」を引いたら肖子さんが採りあげてくれたお礼を言いに来てくれたので驚いたのを覚えています。
egosearchingというのか、自分の名前を検索して他者による評価を調べる行為など、わたくしは全く無縁で他人に興味ないから自分が他人からどう見られるとかも興味ないのでお吟母子がびっくりするようなデザインの服送ってきても平気で着られたのかもしれない。ま。娘に「変!変!変!一緒に歩かないで」と言われた時はおろおろしましたが。(*^▽^*)ゞ。

肖子さんはわたくしが52歳の時に御自由に生きようと駄洒落て仏壇に入る前に俳壇に入ったと話したのが、彼女も高校の数学の教師で俳句には祖母や母が「ホトトギス」の俳人だったのですが(それも虚子の筆記役という重鎮)本人は全く興味がなくてわたくしと同じようにたまたま仏壇に入る前に俳壇に立ち寄ったとかで、理由がおんなじと喜んでいました。彼女に誘われて逗子の近所の「夏潮」主宰本井英が、高浜虚子の明治四十年に行った一夏三十日間の句会「日盛会」に倣った句会に出かけて、谷戸の報国寺や切り通しを案内して吟行しながら三十句ほど詠みましたが、わたくしも肖子さんも句が速いのでそれほど時間をかけずに句会に参加出来ました。まあ、同じ場所吟行してるからお互いに「あ、この景は」とわかるから挨拶に一句づつ採り合ったのは御愛嬌でしたが、隣にいた遠方から来たという年配の俳人が肖子さんを我々にはプリンセスですと仰ぎ見た時にはエエ~ッ、マジかよおと「ホトトギス」の階級社会を見たようでわたくしが主宰やプリンセスに採られていたのでさぞや名のある御仁と思っていたら、インターネット俳句育ちで句会なんか出たことないよと言ったら宇宙人を見るような顔をしていました。まあ、マシンガンのように何でもしゃべるし俳句も詠むので下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるだが、きっこさんに教わった多作多捨と多読多憶はみっちりやったから、どんな句会に出てもきっこさんの名前を汚すことはなかったと自負するし、逆に結社のしがらみがないという理由で同人代表をふたつもみっつもやらせられた。なにせ子規全集や芭蕉全集も読みこなしてホトトギスの雑詠全集も大正四年の創刊号から読んでおり古典は原典注釈なしで古事記から源氏から西鶴、近松、秋成と暗誦できるとなると、あいつと論争はしたくないと専門家もいやがるから用心棒にちょうどいいということになり、きっこさんも普通の人が二三年かかるところをあなたは二三ヶ月という猛スピードで駆け上がっていますと言ってくれたからハイヒールの軒先のノラ猫としては頑張った方だろう。きっこさんに楯突く連中は片っ端からウンチクをぶっかけて追い払いました。あのころはみんなきっこさんに夢中だった。しかし、たったひとりで句会をあそこまでこなすというのはハイヒールひよこ組でみんなで回り持ちで管理人役をやってみて凄まじい労力と情熱がなければ不可能だと気づいた時には既にきっこさんは身も心も疲れ切っていました。

まあ、鶴の恩返しならぬ猫の恩返しである。

肖子さんとは句集を出してから、お互いに多忙になり縁は途絶えたが、たまあにこういう機会があると思い出す。肖子さんの句を三句ばかり。

  影までも紫なりし鉄線花
  制服の紺深めゐる赤い羽根
  肩先に若葉の影をのせ歩く

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年08月10日 21:42)

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