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スレッドNo.425

暑中のご挨拶として

YouTubeに投稿された舞台舞踊”あやめ浴衣””藤娘” をご覧になった方の中には、劇場でご覧になり当時のあでやかな姿を懐かしく思い出されたことでしょう。また橋蔵さんの舞踊をご覧になったことがない方には、新鮮な分野での橋蔵さんだったことでしょう。
私は日本舞踊のことを述べるまでの知識は得ていませんから、あそこがどうだ、ここがいいとか、いえませんし言う気持ちもありません。素晴らしい踊り手はたくさんいらっしゃいますから、誰がどうのというのではなく、踊り手の体系や年齢をも考慮して振付師や演出家と研究し作り上げるものだと思っています。
小さい時に踊りが上手いと芝居よりも評価が高かった橋蔵さんの踊りを見ても、若いときと年を重ねていったときとでは、物語る内面からの感情の表現の円熟味が違います。50代半ばまでの橋蔵さんは、歌舞伎の要素と動きのある映画で培った感情表現と動きを上手くいかして自分にしか出せない舞踊にと研究していったのでしょう。また、年を経ていくにつれ、それに対応した橋蔵さんの舞踊になっているでしょう。
もし、橋蔵さんが歌舞伎界だけにいたなら、容姿が美しいのはこれは特権ですからこれはなるほど見ている方にはいいものですが、橋蔵さんは舞踊家として踊りはうまいといわれたかも知れないが型にはまったところから大胆には出来なかったかも、あの独特の味はどこまで出ていただろうか、と私は思うところもあります。
橋蔵さんの踊りは、さすが指先までが美しく、足腰が強いですからしっかりと腰を低くでき腰の線が美しい。そこに強味が付け加えられていますね。表現は悪いですけれど、芝居的ではなく、ある意味で動きのある映画的だと思います。だから、一般的に見ていて楽しくあきが来ない。そこの点でも、橋蔵さんの舞踊は好きになれるのだと思います。
でも、日本舞踊をかじった人は、研究心で見ていくでしょう。何でもそうですが、一つ二つはいいのですが、同じ調子の舞ですと、一般的にはつまらないものでしょう。私たちは大川橋蔵ファンですから、夢中になって細かいところまで見ようと目が橋蔵さんを追いますが。

👘明治座と歌舞伎座での橋蔵特別公演のときはいつも両親を田舎から呼び招待していました。いつも1列目から5列目の真中の列の席で喜んでもらいました。私自身は東京での1ヵ月公演のときは昼夜最低2回は観ていましたし、売店を手伝いながら、時間がとれる時は夫人とともに後方の席で観ていたものです。
母はダンスを指導していましたから、日本舞踊を作品の参考に出来るのでよかったようです。父はこういうものは飽きて眠くなるのではと最初のときは心配になりましたが、なんのなんの結構楽しそうにしていたものです。第9回公演の「藤娘」を観て、食事の席で、父が感心したように言ったのです「橋蔵は本当に上手いなあ」と。何回も観に来ていて初めて聞きました。私が学生のとき銭形平次を見ていても、橋蔵さんの名前も口にしなかった父が橋蔵さんを褒めたのです。嬉しかった。橋蔵特別公演では両親とのいろいろな思い出がありました。舞台の途中や最後にお礼に投げる手拭いは、母は毎回橋蔵さんと目が合うとすんなりもらえたので箪笥にはパンフレットと手拭いが手つかずで置いてあったようです。妹がその手拭いで作り物をして母の居る有料ホームへ持って行ったという連絡を受けています。

☀これからが蒸し暑い夏の本番に入りますし、新型コロナBA-5が猛威をふるっています。毎日を元気に健康に気を付けて過ごしていただけるよう、大川橋蔵ファン広場から暑中のご挨拶に、私の手元にあるDVDから”あやめ浴衣”と”藤娘”の画像を抜粋し載せました。元気にこの夏をのり越えましょう。

☘1979年大川橋蔵薫風特別公演より『あやめ浴衣』 収録時間15分ほどの舞踊から6枚
☘1979年大川橋蔵薫風特別公演より『藤娘』 収録時間22分20秒ほどの舞踊から9枚
✋(下記URLをクリックすると画像にリンクします)
  🌺https://sugi-nami.blog.jp/archives/15305205.html

画像の中からそれぞれ1枚載せてみました。👆(画像をクリックすると拡大します)

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年07月28日 21:25)

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