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スレッドNo.46

振返って・・・こんな投稿もしたのだなあ

✱ 第一回東映歌舞伎から・・(2)✱ #投稿日2017.3.2

読売新聞の映画記者 谷村錦一さんが第一回東映歌舞伎を3回見て「舞台見たまま」を書いた記事から抜粋・要約で書きました。

私もそうですが、見ていないファンの人達にとっては、当時、東映歌舞伎が期待されていたことがお分かりになると思います。
値段の高いチケットに驚かされ、東映ファン層からいっても、満員は危うしと予測していたそうですが、いざフタをあけてみると大入満員で、嬉しい驚きであったといっています。
昼、夜ずっと見ていて驚いたのは、主役役者の大きいこと。
「旗本退屈男竜神の剣」の市川右太衛門、「いれずみ判官」の片岡千恵蔵、「丹下左膳」の大友柳太朗の”大きさ"立派さ”にびっくり。
ファンお目当ての大川橋蔵については、あとで語りますと。

現在の(当時です)歌舞伎の世界を見ても右太衛門、千恵蔵の舞台姿と比べてそれ以上に”大きく"感じる人は数えるほどしかいなであろう。
舞台正面諸羽流正眼崩しで見得を切る、引っ込みでにっこり笑いあげ幕に向う右太衛門。「いれずみ判官」序幕でカメが割れて舞台に飛び出した千恵蔵が「背中に彫ったいれずみは・・」と大見得を切るところ、「濡れつばめ」二幕目天野道場で出てくる剣豪天野伝七郎の大きさ。まさしく立派な役者である。大友もまた「丹下左膳」序幕、二幕目、大詰め(駆けつけの姿)など、見事な”大きさ”である。千恵蔵、右太衛門は久しぶりの舞台、新国劇では大部屋だった大友がこれほどまでに大きな役者としてヒノキ舞台で堂々たる芝居姿を見せようとは驚きである。

👑大川橋蔵は、これは大きくなったというよりも、鮮やかに伸びたと言いたい。👑
女形としての橋蔵の舞台はよく拝見していたが、立役、二枚目としては、私は初めての橋蔵の舞台である。
歌舞伎というものには、一番近くまで接していた橋蔵。7年ぶり。それも人気第一の舞台だけに、わたしは逆に歌舞伎役者らしい芝居を頭にしていたら、👑橋蔵はちゃんと”映画スター橋蔵”としての舞台をみせてくれた。👑
はっきり言って千恵蔵、右太衛門にはオーバーなまでの歌舞伎の芝居のムードがある。これもそれなりに面白い。大友は新国劇と映画をミックスした味を振りまく、これまた魅力であろう。
しかし、👑橋蔵は歌舞伎の芝居の仕方から一歩飛び出した映画人らしい演技を見せている。若い橋蔵の可能性の広さである。👑
千恵蔵、右太衛門にはクローズアップの演技が多く、大友は諸先輩とは違っているが、やはりアップの芝居で魅力をだそうとしている。
これに対し、👑橋蔵は、芝居の登場人物を、あくまでストーリーの波の中でつかみ、自分の魅力と役への興味とをミックスしながら演技をしている。👑

この見方は、この公演で、橋蔵が一番いい脚本を掴んだことによって大きく儲けたともいえる。「濡れつばめ」「花の折鶴笠」という”橋蔵もの”には、主役がどんな人物で、どうしてこうするということが、描かれている。他のものには、ドラマとしての人物としては弱く”芝居”つまり”話”としての面白さなど少しもかかれていない。だから、3人の芝居にはスターの魅力には拍手を送るが、芝居としての面白さにはかけた。橋蔵の出し物2つが芝居としての面白さをもっていた。

この東映歌舞伎で久しぶりに、芝居が、そして役者が好きで劇場に来ている”客”を見ることが出来た。一番目の序幕が開くまでに観客席はいっぱいになっている。初日の夜の部の終幕は11時半を過ぎたが客は帰らないでちゃんと座っている。役者が見得を切れば、本当に嬉しそうな客の顔。東宝歌舞伎と違って、派手さはなかった。掛け声や嬌声をあげることにも馴れない映画のお客さんが東映歌舞伎では一生けん命に好きな役者、好きな時代劇にたのしみを感じている。そんな素朴なお客で一杯の東映歌舞伎である。
🌊大衆と舞台がこんなにまで素直につながっている芝居が嬉しかった。
娯楽時代劇といえば小馬鹿にするような人達もいる。通俗結構じゃないか。お客さんが喜んで見てくれることは大衆が求めている慰安への望みを時代劇がちゃんと果たしているからではないかと、胸を張りたい気持ちだ。🌊

✎ (ここからは私の見解です)
芝居も、映画も先ずは、題材選び、演ずる人に合わせての脚本、そして演ずる人の魅力と実力ということになるのでしょう。
この第一回の橋蔵さまの場合、映画で見せる憂いある演目と、橋蔵さまのもう一つの持ち味の二枚目半の演目を持ってきたということは、舞台を見ている私達にとっても意外性と新鮮さがあります。橋蔵さまの、ご自分を発揮する、ファンが何をすれば喜ぶか、ということを計算しての演目、演出だったのでしょう。
舞台は毎日が勝負です。舞台は生きています。撮り直しはできないぶっつけ本番、その人の魅力が日を追って増していきます。
橋蔵さまは、歌舞伎時代、舞台の袖にいて見て常に勉強をしてきた人ですから、お客様の反応を感じとることは自然と身体に沁みこんでいます。
後々を考えても、舞台上での橋蔵さまはいきいきして見えました。
橋蔵さまの精神は”舞台人”だったのですね。だから、東映歌舞伎も長い期間昼夜やってきたのでしよう。
歌舞伎俳優として生きた橋蔵さまに火をつけた「東映歌舞伎」でした。

画像は、第一回東映歌舞伎「濡れつばめ」新選組の若き隊士 藤堂源之丞(左の画像)
「いれずみ判官」遊び人 伊佐新次(右の画像)

(画像の上に👆が出るものはクリックすると違う画面でも見ることが出来、拡大されている画像もあります)

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年04月01日 20:47)

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