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スレッドNo.67

振返って・・・こんな投稿もしたのだなあ

✱地方公演ご挨拶からのひとこま✱ #投稿日2017.6.2

今日も昨日と同じく突然の雨、雷、竜巻と、どこで起きるか分からない天候のようです。いよいよ6月梅雨がそこまでやってきています。晴れ晴れとした気分で過ごしたいものです。
そうそう掲示板に掲載しようと思っていて、雑用が多く忘れていました。
「修羅時鳥」の撮影が終わった、1957年2月初め、橋蔵さまこの時の恒例の地方公演は・・北陸金沢のご挨拶でした。
橋蔵さまを迎える2、3日前から雪が降り積もり、大雪になるのではと、現地では心配していたようですが、当日はからっと晴れわたり良い天気になりました。
橋蔵さまは、福井からタクシーで金沢入りしたので、ゆっくり雪景色を見物出来たのは嬉しかったが、泥んこドライブウェイのため、体のスプリングがおかしくなってしまった、と橋蔵さま得意の・・調子で言っていたそうです。
キャーという声援が飛び交う中、橋蔵さまは紺のダブルに蝶ネクタイで現れました。終始ニコニコとファンに接しました。
ブログにもちょこっと、国際劇場のあと、京都へ向かう夜行列車で指をちょっと怪我をした事を書きました。
司会者の方が、その指の怪我について聞いたそうです。すると、橋蔵さきはユーモアたっぷりに「寝台車では眠れないので、ちょっぴりウィスキーを飲んで良い気持ちになり、窓を閉めようとした拍子に手を挟んでしまった」と答えたそうです。いろいろお話して最後に、「りんご村から」(三橋美智也)と「江戸っ子囃子」(大川橋蔵)を歌ったようです。
画像は
控え室で開演を待つ橋蔵さま。
舞台で花束をいただき満面の笑みで答える橋蔵さま。
旅館で寛いで東映制作部長とメイ人戦中の橋蔵さま、果たして結果は・・?
(窓から見える庭は雪景色ですが、部屋の中はあったかそうだということが橋蔵さまのお顔から察しられます。)
(画像は古い資料からなので見ずらくてごめんなさい。画像は金沢ご挨拶からのもの)

そのご挨拶から京都へ戻ってすぐに「鮮血の晴着」の撮影に入りました。
クランクアップ(2/24)の予定があるので、京都独特の芯まで冷たくなる底冷えに悩まされながら連日夜間撮影が続いたそうです。
作品を見ていても、白い息がはっきりと見えて寒そうなのがわかります。

「修羅時鳥」では、橋蔵さま立回りはよくなってきているのが分かります。でも、当時はやはり喜怒哀楽の表情にちょっとまだ納得出来ないものがありましたね。喋る前に口をあく癖は少しなくなってきましたがまだ見ていて気になる時期です。そして、歩き方、綺麗なのですが、ちょっと跳ねるようなところがありました。武士としての完成度はまだまだ。次の若さま侍捕物帖は、橋蔵さまのよいところが発揮でき、橋蔵さまも安心して取り組めるもの。「鮮血の晴着」での橋蔵若さまの成長に期待してじっくりいま見ています。

(画像の上に👆が出るものはクリックすると違う画面でも見ることが出来、拡大されている画像もあります)

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