へとへとオトーさん
お疲れさまでした。慣れない方がお仕事でそんなことをさせられるとは。
まあ、でも、「存在意義」に気づくところがさすがです。(笑)
私はチリにいるときも日本に帰ってからも、人前でしゃべるのが苦手でした。
チリにいるときなんて、人前だとあがってドキドキしてしゃべれなくなるので、
クラスメイトたちが「あいつは怒るといっぱいしゃべるんだ、だから怒らせてみよう」とか
言っていたらしいです。なんだそれ。
まあ、スペイン語でしゃべるから大変だったわけではないのも確かですが。
日本語でも英語でも同じように昔は苦手でした。
そういえば日本で何度も受けた英検1級も長い間二次試験で皆の前でしゃべるのに苦労したのでした。
高校では何やらアスワンダムの話やいろんな国のトップが日本に集まって会議したときのことを
新聞記事をもとにクラスの前でしゃべったことは記憶してます。大変だった、ということだけしか覚えておりませんが。
高校2年生の夏休みあけ、家庭科の自由研究で冷凍食品のことをあれこれしゃべって、なぜか先生に気に入られ、
皆にも気に入られたのか、あやうくクラス代表で全校大会に出されそうになったのでした。
↑代表になるのは逃げたけど代わりに審査員にならされました。
でも、何をどう話したかまったく記憶にないんですよね…。(汗)
会社員のときも、あるとき労働組合の集まりの書記か何かに先輩たちに選ばれて、私が壇上で口を開くのは
たった1回、それも一言しか言わないのに、もうめちゃくちゃ緊張しました。(笑)
そんなわけで、ひょんなことから週1回、3か月だけでしたが、講師をやってね、となったとき、
ほかに仕事がなかったのでつい引き受けたのですが、初日はドアの前で一度引き返しました。
私にできるはずもない、って思って。でも、逃げて帰るわけにもいかないので、もう一度行ってドアをあけ、
とりあえずなんとかこなしたのでした。
それが今に至る講師生活の始まり。なので、一時期(10年くらいかしら)帰国子女のスピーチコンテストの審査員を
やっていた頃、私は「人間、緊張してあがって当たり前」とか「私も昔はあがってしゃべれなかったので、こういう
コンテストに出る人はそれだけでもすごい!と尊敬しちゃうんです」とか(壇上で)言ってて、それで勇気づけられた、
と言ってもらえたことも何度もあります。人間、何が得意で何ができないかなんて、いくつになってもわからない
もんだな、と思ったものです。
母の友人で、ずっと泳げなかったので、それが悔しくて、
70歳になったときに決心して水泳を習って、すいすい泳げるようになった人がいます。
なので、オトーさんや私くらいの年齢なら苦手と思っていることでもまだ大丈夫(?)なんて思っていたりします。(笑)