ご返信
共和様
返信を頂きまして嬉しく思います。ありがとうございます。
絵画の嗜好も含めご自身の向かっている方向をお示し頂けて共和様の人となりを感じられました。ベートーヴェンがお好きと、いえ失礼致しました、好と言う軽い言葉は相応しくないほどベートーヴェンに対する強い意志がおありと拝読させて頂きました。共和様の内なる心で厳選に厳選を重ね最後に残った楽曲の数々に一種の凄味を感じました。
作品110が弾けるなどとは口が裂けても言えません。私はただ楽譜に書いてある音の鍵盤を押さえているだけです。それも指定されたテンポよりじっくりと。
ただ押さえるだけに意味があるのかと問われるかもしれません。私達は再現芸術の音楽を誰かの演奏で味わい楽しみますのでレコードなりCDなりパソコンで聴ければ十二分に幸せだと感じますので(それもタンノイと言う分不相応な素敵なスピーカーで)改めて楽譜を開き音を出すという私のやっている事は意味が無いでしょう。
だけれども、聴くだけではなく楽譜を開きそこに何があるのかを眺めてみるのも楽しいものです。研究だのアナリーゼなどという大そうなお話ではありません。なるほどと思う事が楽譜を眺めると結構あるのでそれも音楽を聴く楽しみに数えてさせて頂いております。
ベートーヴェンのソナタの内もっとも聞いているのが難攻不落の作品106(Hammer Klavier)と共和様の文章を拝読させて頂き、正直どのようなご返事をさせて頂いたら良いのか思案しました。私がこのソナタを聴いたのは十代前半の中学生の時にバックハウスのLPモノラル盤だったと記憶しております。(家にはシュナーベルのSP盤がありましたが、スクラッチノイズのせいもあるでしょうか、聴いた覚えがありません。(今、思うと電気を使わない蓄音機なら相応しい音で聴けたに違いないと思います。)
初めて聞いて私は途方に暮れました。何だか良く、いえ「全く」分からないと正直その時は打ちのめされました。返事が遅くなりましたのもその若い時のにがい経験がふと思い出されたからでしょうか。また、ベートーヴェンのソナタの内、作品106を最も愛聴しているとおっしゃる方に初めて出会ったからでもあります。冒頭に書かせて頂いたように強い意志がおありと感じられましたので、なまじっかなご返事は大変失礼に当たるのではないかと考えてしまいました。
作品106は前回お送りさせて頂いた文章のように演奏不可能と割り切ってピアノの譜面台上でソナタ全集2巻の作品106のページをめくった事はありませんが、スピーカーの前では何度か読譜しながら聴いて来ました。
簡単な例で申しますと第三楽章の77小節目はその一小節のみ両手ともにト音記号になり左手の方が右手より高音部を弾く様に書かれています。要するに左右の腕を交差させて弾く様に指示が出ている訳ですが、譜面を見ず演奏を聴いただけではなかなかピンとこないと思います。
こんなどうでも良いことでも、読譜し弾いて得られる楽しみは音楽と触れ合う喜びをさらに昂らせてくれると感じております。ですから、無駄な抵抗とは知りながらピアノに向かう滑稽とも言える事を飽きずにしているのだと思います。
ポリーニの演奏を特にお聴きと伺いました。ポリーニは随分と若い時期に作品106など後期のソナタを録音していますが、発売された頃は、老成し巨匠となってから最後のソナタ群に向かうのがスジではとないか考えてしまいました。
それから随分と経って、自身が暗譜や読譜力が衰えていると感じるようになった頃に改めて作品106の楽譜をじっくりと眺めて気が付いたのです。
音符の球数が大変に多いのです。しかも長時間の演奏時間!さらに右手も左手もこれでもかというほど和音、和音、和音の重層構造(コード進行が複雑に絡まって・・・)になっており4楽章にはご丁寧に3声のフーガまで弾けとなっています。
要するにとても暗譜なんて出来ない!体力も指の数も脳の記憶容量も足りない!
いえいえ、私のごとき素人と天下の大ピアニストを同じ次元で語る気は毛頭ありませんのでお怒りにならないで頂きたいのですが、ある程度歳取ると見えてくるものもあると言うお話ですのでお許しください。
「若い時でないとこれは覚えきれない!最後まで弾き切れない!正確な運指を履行するのは困難を極める!」バックハウスやケンプやグルダ、スコダ、デムス、他ならぬポリーニも超一流のピアニスト達にはそんなことはあり得ないでしょうが、それでもこれだけの作品です。若い時だからこそ弾ける何かがあり、それは老成してからでは遅いのかもしれません。ポリーニが若い時に録音に踏み切ったのには若い時だからこそ感じた何かがあったからだと思うようになりました。老成を待つだけが表現者の姿勢ではないのだと思います。
知り合いのピアニストが言っていました。「まだ学生だった時に師事した先生に週替わりで次々に新たな曲を課題に出されました。大変でしたが今では先生に感謝しています。お陰様で若い時に仕込んだ楽曲は指が覚えていて新しいレパートリーを構成するのに苦労がありません。若い時に沁みついた楽曲は年取っても忘れないのですね。反対に最近覚えた曲は毎日弾いていないと直ぐに弾けなくなってしまいます。」
全く同感です。こちらも私ごときが比べるのもおこがましいですが、私も最近ショパンのワルツを一曲弾こうと10回以上さらっても覚えられません!(鶏並みにおバカだから?いや鶏に失礼ですよね)つまり、歳を取るとはそう言う事だとつくづく実感しました。
比べるのは失笑を頂くだけですが、大ピアニスト達も我々一般人と同じ悲哀を味わっているのではないでしょうか。若く活き活きとしている時だからこそ複雑難解な後期のソナタを世に問いかけることが出来る!ポリーニのすごさは色々とありますが若くしてそういう選択肢を選び実行したことにもあると思います。
共和様これを機会にいろいろとお教え頂ければ幸いでございます。今後ともよろしくお願い申し上げます。
FUKU様にはこの場を借りましたこと御礼申し上げます。また、タンノイの話しではない長文を長々と書いてしまい申し訳ありません。
天満敦子氏のバッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタ、パルティータの2004年録音のCDは出て来ましたが、ご紹介頂いたCDは行方不明です。その内出て来ると思いますが、せっかくご紹介頂いたのに聞けなくて申し訳ありません。