物(AI)は使いよう?
皆様こんにちは、Jackieです。
どるしら様、こちらこそ改めてどうもありがとうございます‼️次回の公演に向けて、既に稽古を開始されているのですね。
リンク先のInstagramを拝見しましたが、歌もすばらしいですね😊
サクランボ様、次男様は大丈夫でしょうか!?😰
とにかく、右目がご無事でよかったです・・。
いつの時代も、「何が正しいのか」を判断するのは難しいですね。不安定な世の中だからこそ、独善に陥らないことは大切だと思います。
昨今、すっかりAIが普及しましたが、私も実は、2ヶ月くらい前から「AIと創作論について議論する」という新たなオタク趣味?に目覚めてしまい・・。「脚本論的に優れている作品は何か」「ジャンルによる違い」「物語の構造の違い」などをあれこれAIと壁打ち的に話し合ってきました。(プロンプトの例でいうと「〇〇という作品は□□という点で主人公のキャラクターの発展で優れている、この見方は妥当ですか?」みたいな感じですかね。それでAIの回答内容に突っ込むの繰り返し。)
それで、会話の中で「ベルばら/アニばら」に繋がる話題が出てきたので、せっかくなのでしっかり掘り下げてみることにしました。その結果、
・なぜアニばらが普遍的な作品なのか
・原作漫画との構造的な違いは何か
・なぜ一部の原作ファンがアニばらに執拗に反発し続けているのか(そして、他の出﨑監督作品に対してなぜそこまで反発が存在しないのか)
について、それなりにまとまった結論を出すことができたような気がします。(あくまで私+AIの結論なので、必ず正しい!と断言できる物ではないですが。)
その内容を細かく書こうとするとかなり長くなりそうなので、ここでは詳細は割愛しますが、概ね以下のようになります。
・アニばら:オスカルやアンドレといった登場人物が、内面の葛藤や他者との対峙を経て、「自分の人生を選び直す」物語(「実存的な」物語ともいう)。こうした物語のあり方は、時代・文化に対してかなり普遍的である。
・原作(後半):作品の理念が、オスカル一人によって代表される、一種の「神話的な」物語。(他者との強い対峙が不在で、周囲の人物は彼女の背景や従属物と化していく)。 ここで、オスカルのキャラクターやアンドレとの恋愛は、連載当時の日本の女性の願望を強く反映している。
一部の原作ファンのアニばらへの反発についても、突き詰めるとこの差が大きな要因になっていると思います。そして、「エースをねらえ!」などの他の出﨑監督作品は、元々の原作時点で、「自身の葛藤」や「他者との対峙」の要素が大きかった。よって、出﨑監督がそれらの要素を強調するような改変を加えても、原作読者としては違和感がそれほど大きくならない。これがおそらく、原作読者からの激しい反発が比較的少なかった理由の一つになるのではないかと思います。
また、原作ファンが「原作オスカルの心情を完全に理解しているかどうか」についても、実は「作中の描写からの理解」よりも「自分たちの願望の投影」の可能性があると思うのですよね。例えば、原作ファンの中でおそらく一般的な「ブラビリがオスカルの女性性の目覚めだった」や、前回言及した「フェルゼンとの恋はままごとだった」という解釈に関しても、その傾向(例えば、「オスカル/アンドレ関係が非常に特別なものであってほしい」という願望の投影)があるような気がします。
ただ、現時点の私としては、連載当時の事情や制約があったとはいえ、「18世紀フランスという他国の実際の歴史」を、(アレンジはあるが)ベースにしている以上、原作漫画の「オスカル一人によって代表される神話」や「当時の女性読者の願望充足」要素の強さに関しては、あまり好意的にはなれません。(一方、仮に作品舞台が「18世紀フランスっぽい異世界」のような完全フィクション寄りであれば、問題はなかったと思いますが。)
それでは、また伺います!