筋肉カウンセリング(2)
【4回目】(前回の1週間後)
<S>
#1 粘液について
このところ、粘液の量が増えてきている。そして、朝8~9時の間がつらくて仕方ない。学校でも授業時間は我慢しているが、休憩になると尻に挟んでいるティッシュの濡れたのを交換するためにトイレに走る。午後は楽になり、運動中は感じない。
トレーニングには毎日行っている。授業も休んではいない。少し遅刻があった程度。今の学校はそんなに嫌というわけではない。
#2 中学時代の学業成績
<成績のほうでトップにはならないで、人並みで卒業できればいいということかな?>(認識反射あり)
そうです。中学2年までは、全科目平均90点くらい取っていました。ちょっと維持するのが苦しくなって、3年生の夏頃に平均80点くらいになるまで手を抜きました。その頃、母が市内の有名普通科高校か国立工専へ行かせようと圧力をかけてきました。普通科も工専も行きたくなくて、勉強をぴたっとやめました。それでも内申がいいと、普通科へ行かされるので、教室の窓ガラスをわざと割って、担任の評価を落とすようにしました。
<腹が痛くなりだしたのはその頃から?>(認識反射あり)
そうです。おかげで成績はどんどん下がり、結局担任が母を説得してくれて、この学校を受けることになりました。でも、粘液が出るようになりました。
<元気いっぱいでいると、お母さんが、この学校でトップになることを要求するでしょうか?>
(笑いながら)すると思います。
<もしかしたら、1年棒にふっても来年普通科を受け直せと言われそうなのでは?>(認識反射あり)
大ありです。
<じゃあ、粘液がお母さんの攻撃から自分を守ってくれている……>
(笑い)口ではとても勝てないもの。
#3 母親について
<お母さんてどんな人?>
ポンポンまくしたてます。
<妹や弟は、口で張り合える?>
そう。自分は、何も言い返せない。小学校のとき、ある有名な塾のことを学校で聞いたけど、母に知れるとそこへ行かされそうなので黙っていた。後で知れて、「なんで言わなかったの!」と責められた。でも一言も言い返せなかった。
<中学の卒業式のときも似てるね。>
はい。
<O>
顔色は良い。目も充血していない。身だしなみは相変わらずきちんとしている。眼鏡をはずしていた。
<A>
粘液の量が増えたと切り出したので、ドキッとした。いよいよ整理用品の出番か。それにしても、学校ではどんどん平気になっているのに、朝方特に具合いが悪いのは、母親に向けられたサインと推察して間違いなかろう。
<人並みに卒業できればいいか>の質問に認識反射があり、それから流れは一変した。あとは堰を切ったように、中学の成績と母親からの圧力について語ってくれた。これまでの症状のすべてが、母親に対する弁解として用いられていたのだろう。
<P>
母親に「今の学校でなんとかやっていけそう」と言ってみてはどうかと提案したが、今、機嫌をそこねるとまずいので、しばらく様子を見るとのこと。母親の様子見という方針で、一致した。
<SVC>(すべて野田先生から)
・この回は、サイコセラピーになっている。が、人間関係がうまくいっているので、セラピーでかまわない。すでにケースワーキングとカウンセリングの段階は終了していると考えられる。タスクがうまくいっているから。
・今回、症状悪化について語ったのは、ここらで内面に向けてくれと訴えているのかもしれない。
・症状が、「母親への弁解」を目的としているのではなくて、むしろ、「自分のペースで生きること」が目的である。母親への弁解はその手段です。自分のペースで生きて、しかも母親も幸せになれる手段を考えるとよい。ベストは、今の学校に適応すること。帰宅したら、「学校が楽しかったー!」と言ってみるように助言するのもよい。
実際は記録ほどすんなり進んでいるかどうかわからないが、ゲッシングも正対もぴたりと決まって、よい流れである。あと2,3回で終結するはず。
・「母の機嫌をそこねるとまずい」というクライエントへの勇気づけとして、「お母さん思いは良いこと」「自分で決められるのは良いこと」など。特に後者は大事。
・症状のほうは、自分で作ったりなくしたりできるのは便利なことだから、使わない手はないことを知ってもらう。
【5回目】(前回の1週間後)
<S>
#1 トレーニングの話
トレーニングは、3週目に入った。日曜日以外は毎日行っている。肩と背筋を鍛える日が一番きびしい。スクワットは60kgで6回できた。
#2 教室での様子
最近は、教室の居心地がいい。実習の時間には、同じ班の人とよく話をする。
#3 能力の変化
持って生まれた(と思っていた)能力が後退して、最近新しい能力を発揮できるようになった。
<具体的に言うと?>
中学までは、努力しなくても勉強でトップを取れた。今は、勉強は下がって、体を動かすことが得意になった。実習が大好き。この頃は、友だちを追い越す勢いで課題が進んでいる。
<今、成績はどのくらい?>
1学期末に、赤点が3つ。保健、工業基礎、数学。
<それって、もしかして、合格点すれすれ?>
(大笑い)そう。
<赤点を一番気にしたのは?>
母です。で、つい最近ですが、どうやら来年普通科を受けさせることを諦めたようです。
<どうしてわかった?>
製図検定に合格するように元気づけてくれたから。
#4 弟とのからみ
このところ、ゲームでは弟に連勝している。そのため、弟とは戦闘状態です。同じ部屋で暮らす限界まで来ている。弟は派手に攻撃してくるが、負けるとすぐパニックになる。自分は少々負けても耐えて、反撃のチャンスを待つ。弟は妹と気が合うので、いっそ妹の部屋へ移ってくれるといい。弟が、嫌がらせに電気のスイッチを切ると、自分はブレーカーを落として応戦している。
<O>
声に張りがあり、表情が生き生きしている。
<A>
初めて症状の話が出なかった。昨年来の一連の症状は、母親に向けられていたことが、いっそう明確になってきた。クライエントもこのことを十分納得したので、次の段階へ一歩進めそう。
<P>
母親や弟とのコミュニケーションを少しずつ改善していく。
部屋替えについて親に提案したいと言うので、それなら弟の協力もあったほうが有利ではないかと言うと、「弟の手の内はよく知っている。今度ゲームに負けてやって機嫌を取る」と答えた。
【6回目】(前回の2週間後)
<S>
#1 トレーニングの話
脚は、他の部員より強いことがわかった。スクワットは70kgが3回できた。レッグプレスは160kgができて、他の部員が驚いていた。これからは、腰の保護ベルトを使ってでももっと負荷を増やしていきたい。胸や腕は他の部員に遅れている。
#2 弟の話
弟はこの頃、別のゲームに夢中になり、前に負けたことはもう忘れている。トラブルは少なくなり、穏やかに暮らしている。
<O>
おびえた様子が完全に消えた。視線もきちんと定まり、顔色が非常に良くなった。よく笑う。
<A>
今回も粘液のことは一度も話さなかった。ほとんどトレーニングの話。身体作りにますます意欲的になっている。学校は欠席も遅刻もまったくなくなった。担任教師が驚いていた。そろそろカウンセリングは終結か。
<P>
胸と腕を鍛える方法を話題にするか。
【7回目】(前回の1週間後)
<S>
#1 トレーニングの話
<今日は何話そうか?>
トレーニングのこと。胸が他の部員より遅れている。練習メニューを作ってあげよう。以下、トレーニングのレクチャー。
○「ルーの3原則」
1)筋肉は使えば発達する(能動性肥大)。
2)筋肉は使わなければやせて細くなる(非能動性萎縮)。
3)筋肉は過度に使えばやせて障害を起こす(過能動性萎縮)。
○トレーニングの3つの柱
1)練習
2)休息
3)栄養
○トレーニングと負荷の関係
筋肥大には高重量・低回数がよく、パワーアップにはスピードを上げられる程度に重量を下げ、反復回数を増やす。持久性向上には低重量・高回数。
<次の日まで疲れは残らない?>
(嬉しそうに)残ります。むしろ痛みが。
<それはトレーニング仲間では素敵なことですよ。no pain, no gainです。マニアになると、翌日痛くないと不満なんです。お腹は空きますか?>
とても。家に帰ったら直ぐにラーメンやチーズを食べます。母に買っておいてもらいます。
#2 母親とのコミュニケーション
<お母さんにスポーツ向きの献立をしてもらいたい?>
(暗い表情になる)
<いい方法があるけどやってみる?>
はい。
<簡単。「ただいまー。腹減った」とお母さんに聞こえるように大きな声で言う。食後に、「おいしかったー」と言う。できそう?>
直接言うんでなかったらできそう。
<直接要求を言いにくい?>
はい。
<お母さん思いかな?>
うーん……。
#3 終結へ向けて
<後、何しようか?>
弟とは、この頃仲良くやれている。粘液は最近寒くなってきて、何か蒸発していくみたいな感じ。パンツにシミのようなものはまったく残らず、スーッと消えていく感じ。ただ、あとで少し冷たく感じるのがイヤと言えばイヤ。
<メンソレータムを塗ったような感じ?>
ああ、そうです。だから、そんなにイヤでもない。
<粘液が、自分のプランを親にわかってもらうために役に立ったと思う?>
(大笑い)
<じゃあ、完全に止めたりしないで、必要に応じていつでも使えるように、少し残しておかない?>
(大笑い)(力強く)だいたい今は、自分のペースでやっていけそうです。
<それならいつでもカウンセリングは終わりにできます。来週はどうしますか?>
もう1回お願いします。
<O>
今も、母親に直接要求を言うのは困難らしい。今回は粘液の話をさらりと、ほとんどこだわりなく話した。
<A>
CLに話題を決めてもらうと、カウンセリングが順調に進む。久しぶりに粘液の話が出たが、とても軽やかに語られ、すでにこれが主訴でなくなっていることを感じさせた。野田先生のSVCどおりに終結に向かえそうなので、先生の千里眼に驚く。
<P>
いよいよ終結へ。
【8回目】(前回の8日後)
予約は前日であったが、クライエントはそれを忘れていて授業が終わるやいなやジムへ直行していた。筆者とロッカールームで出会って、予約のことを話して大笑いとなった。
<S>
<話したいことが何か残っていますか?>
いいえ、何もありません。一刻も早くトレーニングをしたいです。
<長い間、ご苦労様でした。>
どうもありがとうございました。
<O>
動きが飛ぶように敏捷になり、終始にこやかな表情が印象的だった。
<A>
2か月前の暗いおびえた態度がすっかり消えて、まるで別人のようになったので、担任が驚いた。2回目のSVCに従って、ひたすら人間関係づくりに努めた。カウンセラーとしては、ほとんど何もしないで、ただ筋肉づくりのアドバイザーとしてかかわった。すると事態が一変した。粘液症状の意味が母親の圧力から脱して自力で歩むためのものであったことを理解するにつれて、症状は軽快し、8回目には全治していた。
<SVC>
カウンセラーは最後は見捨てられるのが、良い終結。そっけなく終わるのがよい。「先生のおかげや、ありがとう」と言うのは、また来る可能性がある。カウンセリングは、クライエントにとっては人生の中では消したい記憶だから。(野田先生)
3,考 察
筆者にとって、アドラー心理学にもとづく初めてのケースでした。何しろ1か月前にカウンセラー養成講座を終えたばかりの新人で、初めは手探りでやみくもに進めていました。
カウンセリング初期の、人間関係づくりをすっ飛ばして、いきなり「ライフスタイル調査」にかかっていたところを、A氏から指摘され、次の回からはペースを落として、こちらから話題を設定するのをやめてみました。すると、毎回クライエントが話題を選んで生き生きと語ってくれるようになりました。「症状に注目してはいけない」を肝に銘じて、クライエントが興味を持っているゲームや体づくりの話を興味深く聞いていると、最初深刻だった症状の訴えが次第に減少し変化してきました。トレーニングでパワーがつくにつれて、ほとんど症状の話題は出なくなり、弟との激しい競合が緩和していきました。
4回目はサイコセラピーになっているという指摘を受けましたが、この時点の自分の力量では、それと気づいてもいませんでした。野田先生もおっしゃったように、クライエントとの人間関係づくりが良好だったので、たまたま成功したものと思います。
カウンセラーとして、クライエントの症状の訴えやネガティブな感情にふりまわされないようますます修業はしていくものの、真にクライエントが求めているものを、求めている援助を、自分の思い込みで見逃さないように敏感でありたいと願っています。
さて、クライエントはその後、2年生3年生と無遅刻・無欠席で登校しました。他の部員の追随を許さない熱心なトレーニングの成果を上げ、卒業時には大人顔負けの立派な体格に成長していました。
4,謝 辞
このケースのスーパービジョンは、初回と最終回は筆者が事例検討会に出席して受けましたが、中ほどの3,4回目は記録用紙を送り、筆者不在で助言はテープに収録したものを返送していただくという形になりました。
野田俊作先生をはじめ、参加の皆様による暖かなコメントに大変勇気づけられました。また、POSシートも初めての使用で不備な点が多々あり、鎌田穣さん、高橋さと子さんから、懇切丁寧なご指導をいただきました。心からお礼申しあげます。
5,参考文献
○野田俊作監修(1986)、実践カウンセリング、ヒューマンギルド出版部
○氏原 寛・山中康裕 編(1991)、症例研究 寂しい女、人文書院
○国分康孝 編(1990)、カウンセリング辞典、誠信書房
○国分康孝(1981)、カウンセリング・マインド、誠信書房
○小山裕史(1991)、新トレーニング革命、講談社