選句候補作品鑑賞
1 美しき変体仮名や板歌留多 (玉虫さん) 4
板歌留多なるものを写真で初めて知った。変体仮名はとても読めたものではないが文字全体から受ける美しさは例えようがな
いものだ。きっと現在の百人一首などに見られる遊び方との違いもあるのだろう。丁々発止と競い合う現代の歌留多と違い優雅
な平安朝の遊びなのだろうか。など想像を逞しくしながら鑑賞した。正月にふさわしい句だ。
2 悴める吾子の手を押し包みやる (手毬さん) 1
子供は風の子と言うがどうだろう今の子は。勿論ここ数年はコロナのお蔭で外出もままならなかったのだが。この子は悴んだ手
を真っ赤にしながら帰宅したのだろう。思わず抱きしめる。両手を包み込みながら。押し包むに情愛がにじむ。心温まる句だ。
13 母の背を流す幸あり女正月 (かをりさん) 7
実に素直な句だ。その素直さが受けたのだろう高点を得た。女正月は小正月、おんな正月ともいい新年早々多忙な女性のための
正月である。京阪中心のもので雑煮で祝うとか。この句、母親の背中を流すとは最高のお持て成し。一年の幸せを暗示している。
56 前掛けの裾に拭く手の悴みて (帷子ノ辻さん) 2
何気ない日常生活の一コマを素直に表現している。思わず妣の仕種を思い出した。前掛けの裾が具体性があって好もしい。漬物な
どを処理した後だろうか。悴んでいる手が愛おしい。
80 ふるさとの三日とろろや幸吉忌 (アイビーさん) 1
「幸吉忌」を見て一瞬円谷幸吉を想定したが念のため歳時記を当たった。いずれにも記載は無かったがとろろ汁を秋と確認し東
京オリンピックの思い出にしばし浸った。自衛隊員の幸吉は1964年の東京オリンピックでアベベに次いで2位でグラウンドへ、最後
イギリスの選手に抜かれたが銅メダルの快挙。その後公私共に悩みが続き1968年のメキシコ大会をめざしながら自ら命を絶った。
「父上様母上様」で始まり「干し柿、餅も美味しゅうございました」と続く遺書は今も記憶に新しい。「幸吉はもうすっかり疲れ切
って走れません」と。なお、三日とろろは正月三日に食べる福島の風習とか。
ナチ-サン
一番の板歌留多の句。
昨今少子化等と騒がれていますが、私の育った頃
子供の数は一家に五人六人はザラ。
正月に従兄弟ハトコ揃えば、参加するのも狭き門
でした。
下の句で取るのですから、下の句しか覚えて無かった。
乙女の姿・・・三笠の山に・・とかは、文字が独特で。
仲間に入れてもらった、何枚とれた、それが一年の始まりでした。
子供といえども百人一首の美しさは、覚えるものですね。
下の句で取っていても、好きな歌は上の句も知りたくなり、一首おぼえてしまいました。
久方のひかりのどけきはるのひにしづごころなくはなのちるらん・・それも平仮名!で。
俳句の世界に踏み込んで、毎年新年に此の板歌留多を詠みたくなります。
いつかは良い句が作れますように。
80 ふるさとの三日とろろや幸吉忌
拙句を取り上げていただきました。幸吉忌が歳時記に載ってないことは承知してました。所謂、忌日俳句というもの、俳人なら誰でもよいわけではなく、少しは名の通った俳誌の主宰者とか、これに準ずる俳人の忌日、それから小説家、詩人、歌人など文学全般に携わる人は対象になるようですが、スポーツマン、アスリート系はまず見ません。古橋忌、前畑忌、双葉山忌などとは言いません。考えてみればおかしな話です。正岡子規は野球の殿堂に入っているのに。
ナチーサン、13 母の背を、この句は五句投句中の最後に入れた句です。
元句は 口聞かぬ母と湯浴みの女正月
母と喧嘩してただ、幸があるのかないのか、ではこうありたいと、読んでるうちに母がいとおしくなりました。
あんまりネタバレはよろしくないので、以後しません。