特選句評
選句評
特選句:つぶつぶで少し塩っぱい桜餅(ふうりん)
この句を拾っているのは私一人。しかも特選である。
どうしてこの句が特選になるのかと殆どの方は訝るでしょうが、これには私の人生の岐路を左右した「餡」というものが隠されているのです。私は大酒飲みの父親の借財のカタとして中学卒業の15歳で3年契約の「餡こ屋」に丁稚奉公に出された。来る日も来る日も餡こを作る作業をやらされ、雨の日も風の日も自転車で餡この配達をやらされ、時には入荷してくる60kgの小豆や大手亡を背負って倉庫へ入れなければならなかった。結局、将来を悲観してクリスマスイヴの真夜中に、二階の窓から教材一切を投げ下ろして夜逃げを断行。手持ちの金が尽きるところまでという条件でタクシーを走らせ、3つ先の駅で降ろされてからというもの、30cmもある雪の原野を2時間も歩き通して我が家にたどりついたのです。 それからというもの、キチガイじみた猛勉強(独学)で高校へ就学した。 この句の背景に控えている「粒餡」というものを私は即座に察知、迷わず特選にしたのはそういう理由があるからなのです。 訂正するとすれば「粒餡の少し塩っぱき桜餅」となるが、手品の種まで明かす必要はありません。私だけには「餡」がしっかり見えていますからね。 いい句です。
彫刻の龍の眼力出車過ぐる(弥生)
ルート表に従い山車は町内を動く。高齢になった今、もうそれを追いかける気力も無くなったが、前厄、本厄、後厄の3年間は組の山車を勇壮に引かせてもらった。コマ(山車の車輪)で轢かれそうになったこともあったが、右手の指の腱を3本切断するという軽症で済んだのは幸いだった。山車が町内会長や役どころの家にさしかかると若い衆が祝い込みに走り、その間は山車も休憩するが、彼らを待つ間は山車の横で彫り物を見る。様々な彫り物があるが、矢張り龍の彫り物がいい。この句、「眼力」が効いておりますね。 5月の作品では山車の句は外せないですが、いい句です。
雛罌粟や町の駐在いつも留守
多くの方が拾ってらっしゃるが、町もさることながら村や島の駐在も同じこと。 「お巡りさん」と言われるように、地域の駐在さんは、区域を見回ることで犯罪を防止するだけではなく、人々の悩み相談にも乗るのが商売だといえましょう。 私の父は特に駐在さんと親しくて、お茶を飲みながら歓談していたものですが、ある時などは部屋に出てきた鼠を父、駐在、私で追いかけ回して捕まえたこともありました。 駐在所が留守だということは、裏返せば、その町の人々と駐在さんが仲良くやっていて平和の証しだということ。 良いところに着目されましたね。