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スレッドNo.1828

アイビーの俳句鑑賞 その3

アイビーの俳句鑑賞 その3

薫風や陸前高田に松育つ (てつを)
陸前高田の松と言えば平成23年3月11日の東日本大地震による津波にも生きながらえた、奇跡の一本松のことだろう。全国的な感動を呼び、復興のシンボルとなった松の木。その後、一本松を守るプロジェクトの活動などあり、健在が報道されているところだ。上五に「薫風や」と置き、切れを入れたことで句全体を引き締めている。陸前高田という固有名詞を出したのも流石だ。百万言を費やすより説得力を持つ。

蛍火の向うに父の大工小屋 (ヨシ)  
今月の互選トップに輝いた句。作者の述懐にもあったが故義父様を偲んで詠んだ句。大工の棟梁で、仕事場も実際にあったとのことだが、俳句の雰囲気からしてメルへン調で、読み手は様々な想像を掻き立てる。儚げで幻想的な蛍火のイメージを最大限に活かしたのがこの句だろう。季語自体が大変な力を持っていることを再認識した。それと、この句の成功の根底には、亡き義父へのヨシさんの敬慕の気持ちがあったことは間違いない。

信玄と夏の甲府に飲み明かす (かをり)
戦国武将の武田信玄と酒を飲み明かすという楽しい想像。嫌いな人と飲み明かす筈が無いから、かをりさんは武田信玄贔屓なのであろうか。信玄のどういうところが好きなんだろうかと、要らざる詮索をしてみたくなる。信長は機嫌の悪い時に当たったらとか、信玄のライバルの上杉謙信は性格がストイックすぎるところがどうも、とかとにかく楽しい一句になった。
筒鳥や母の小言のリフレイン (かをり)
けたたましい筒鳥の鳴き声に、母の小言をオーバーラップさせた。そこで母の小言だが、お約束の「くどくど」とか「ねちねち」とか言わず、ごく穏当に「リフレイン」とした。このあたりは、自身に後ろめたい何かがあるのかな。非が自分にあり、小言を言う母を疎ましく思っているわけではない。母を蔑ろにはしないが、さりとて猛省して心を入れかえるわけでもない。まことに微妙な「リフレイン」なのである。

ギラギラの昭和を醸す夾竹桃 (ちとせ)
暑い盛りに咲いて花の時期も長い夾竹桃。しかも花の色は自己主張の強い紅色である。その夾竹桃を作者のちとせさんは、苦しかった戦中戦後、苦しかったけれど皆が頑張った高度成長、つまり昭和という時代に重ね合わせた。しかも作者は「ギラギラ」と把握した。この感覚は私にはよく分かる。平成、令和と時代は進み、もうかつてのような一本調子の価値観の時代ではなくなった。同時にかつてのギラギラの時代も終わった。

獅子と化し富士を嚙むなり夏の雲 (鎮岩)
雲の形を何かに擬えて言うことはよくある。夏の入道雲を、なんと獅子に擬えた作者。これだけでも十分に迫力ある比喩だが、なんと富士山に噛みつかせた。俳句と言えども文学作品だから、こうした比喩はアリだと思う。しかし、秀峰富士を噛むとは恐れ入った力業、客観写生もヘチマもあったものではない。無論これは貶しているのではなく、誉めているのだから念のため。

向日葵や犬の企み知らぬまま (無点)
惜しくも無点句となったが、面白い。犬の企みとは一体何なにか、それが向日葵とどういう関わりがあるのか、作者は一切明かしていない。なんともミステリアスな俳句だが、実は読み手が知りたいのはそこなのだ。どなたか絵解きを。
 
以下次号、不定期掲載

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アイビーさん、感想ありがとうございます。
甲府で飲んだのは確かですが、よく憶えておりませぬ。
まあ、挨拶句で東北に行ったら  正宗と夏の陸奥まで飲み歩く  と詠むまでのことです。

筒鳥はひねもすよくもまあ、同じ鳴き声で呟くなあ。
つつ鳥や涙箸する母のこゑ  うんうん、お互い様ではないか。一生に反抗期www

おやすみなさいませ。

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