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スレッドNo.3032

アイビーの俳句鑑賞 その4

アイビーの俳句鑑賞 その4

百枚のカルテ見直し納めかな (ふうりん)
作者のふうりんさんは現役のお医者さんだったとは知らなかった。医局の仕事納めの雰囲気がよく出ている。院長の挨拶、身の回りの整理等を済ませて、なんということもなく患者のカルテに目を通す。これも医師という職業の習性だろうか。人命を預かる使命は、医療現場に働くこのような人たちに支えられている。

元日にアラートわめき地震来たり (ちとせ)
正月早々、能登半島の地震には驚いた。津波が来るのでなりふりに構ってられない、とにかく早く逃げなければ、という必死の思いが中七の「アラートわめき」という表現になった。テレビを見ていた全国民が同じ思いだった。やや乱暴な言い方がこの場合は効果的だ。

年立つや地震の咎を誰に帰せむ (ナチ―サン)
天変地異とは言うものの、これで何度目か。やるせない思いをされた方も多かったのではないか。行政、各自治体、自衛隊、みんなそれぞれの立場でベストを尽くしている。誰を責めるわけにもいかない。それでもなおかつ、このやるせない気持ちを何処にぶつけたらよいのか。

若水や珈琲からの厨事 (玉虫)
私が特選にするか最後まで迷った句。若水の季題に託した現代人のライフスタイルを端的に言い表した。伝統的な価値観に基づけば雑煮を煮る、硯で墨を摩るために若水を汲む。作者の家はそうではなく、まず珈琲を沸かすことから始めた。この感覚は多くの人が共感するに違いない。珈琲の一語で、現代の生活実感を余すところなく表現した。

年始め悲しみ超えて復興を (茶々)
正月早々の能登の地震。人命第一で復旧作業に当たる自治体、自衛隊、ボランテイアのご努力に頭が下がる。当該句は被災者への深い同情と復興を願う気持ちを、外連味なく詠んだ。外連味が無さ過ぎて若干物足りない気もするが、贅沢な注文だろうか。

駐車場ぐるぐる回る三日かな (柳山寺)
正月も三日ともなると、外へ出かけたくなる。デパートや商店は元日は休むが2日から営業というのが多いのではないか。ところがみんな同じようなことを考えるから、行く先々で大混雑に遭う。第一、駐車場がどこも満タン。かくして駐車場探しに大汗を掻く仕儀となる。作者は当事者でありながら、どこか冷めた目で見ている。社会風刺の皮肉も利かせ、ユーモラスな一句になった。

去年今年亡き人胸に皿洗ふ (無点) 
惜しくも無点となった。作者にとってかけがえのない友人か、身辺の近い人の死を悼む気持ちがよく表れた句だと思う。私の推測だが、かねて覚悟していたのではなく、突然の永訣のように思われる。ただ「去年今年」にすこしの違和感を感じる。例えば「皿洗ふ」を、「毛糸編む」「蜜柑剥く」のように季語となりえる言葉に置き換えるのも一つの選択肢か。

アイビーの俳句鑑賞 完

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あはは、斜めに見てるのはバレましたか、
ぐるぐるは2回で済みましたけどね  漸くに車を入れて初御籤

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