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スレッドNo.499

高齢化とは言うけれど

先日常滑の文芸コンクールに関連し、俳句人口の高齢化に触れました。これに呼応してかをりさんから、東京では必ずしもそうではないとのご指摘がありました (No.486の記事) 。
少し趣旨が外れるかもしれませんが、最近若い人たちの間で俳句ブームらしき風潮があるのは確かでしょう。一つ流れはテレビのプレバトに誘発されたブームです。これは夏井いつき先生の功績ですが、テレビの知名度を利用し活動されており、いわばタレントのノリです。ツィッターが呟くような生活実感を定型化し、合う季語をあてはめる手法で、この簡便さがウケたのでしょう。ただし、この膨大なボリューム層と私たち既存の俳句愛好者群との接点は、今のところ皆無かあっても稀薄でしょう。私見ですが、私たち既存組の方が門戸を開放し、積極的に手を差し伸べる姿勢が望まれます。さもないと彼らニューカマーの側に、何時まで経っても俳句の敷居の高さを払拭できないと思うのです。
もう一つの流れは、北大路翼さんらの歌舞伎町グループの俳句に代表される動きです。こちらは既存の俳句界とは明確に一線を画しています。また私たちの側も戸惑いオタオタするばかりです。正直、ちょっと接点は見つけ難い気がします。作品の一例が下の句。
男根を地面につけて髪洗ふ
キャバ嬢と見てゐるライバル店の火事

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かをりさん、お手数をかけました。なるほど面白いですね。発想を飛ばすとはこういう風にすればいいのですね。
ところで、アイビーは太っ腹ではありません。多少メタボの気味はありますが。

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引用が長くなると、色々あるかもしれないと、おもい・・・
では再掲いたします。

北大路翼さん、基本はきっちりしておられる方です。
実際、東京の一部は異国でありますよ。風土も文化も。
都会の秋に刈田風は吹かない(笑)
見る景色が違えば、風姿も違ってまいります。
束ね毛の行水したる歌舞伎町  かをり  いわゆるロン毛ですね。
しかし思考過程は同じかも

北大路翼さん、一句できる思考パターンを示されて面白いです。一例ですが。。。

前略・・・
真夜中に先生一つ蜜柑剝く
真夜中に老婆が一つ蜜柑剝く(誰がの変化)
水中で老婆が一つ蜜柑剝く(いつ から どこへ)
水中で老婆が一つ牡蠣を剝く(単語の変化)
牡蠣を剝く老婆が一人水中へ(語順の変化+単語の変化)
牡蠣を剝く老婆が一人空中へ(どこ の変化)
牡蠣を剝く老婆が二人空中へ(単語の変化)
空中へ牡蠣が老婆を剝きながら(語の入れ替え)
牡蠣を剝く老婆の一人が先生で(最初の句とドッキング)

イメージをまとめて
退任の教師が牡蠣を剥いてをり

蜜柑にこだわるなら
定年の教師の席の蜜柑かな     後略

多分、こういう思考過程は子規、虚子以来、皆様が意識無意識のうちにやっておられ・・・
最後に彼は「遊んで遊んで遊びまくって蓄えた経験が俳句の財産だ」
いい得て妙であります。
刈田に遊んだことで、都心歩いていても刈田風を詠めるのかなあと。
ビル風に刈田のひほい渋谷駅  かをり

アイビーさんの太っ腹に謝意。

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アイビーです。かをりさんが書き込みをして頂いたようです。私にちょっと所用があり、後でじっくり読もうと思ったのですが所用が済んだら、かをりさんご自身により削除されていました。一見して読み応えがありそうな書き込みだったのに残念。! 差し支えなかったら再投稿していただけませんか。それがもとで気分を害するようなヤワではありませんので、どうぞお気になさらずに。

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引用も長く、不適切あり削除いたしました。
アイビーさん、ごめんなさい。

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 このような議論がしたかった。将来の俳句界が見えません。恐らく結社の有り方も問われるでしょう。アイビーさんのおっしゃる通り安易に今のブームに乗るわけにいきません。一方、旧態の状況では衰退が目に見えています。今の結社の指導者も高齢化が進み時間がありません。スポーツの世界でも生き残るためには新陳代謝が問われています。オリンピックなどでも世界化する中で柔道着の色やピンポンの色も変わりました。生き残りのキーです。俳句の世界でも季語の見直しなど多少の変化はあるでしょうが、俳句の基本は守りたいものです。挨拶、諧謔性、芸術性も。ただ、今は俳句の世界化、世代交代の中で基本に還り俳句そのものを見直す時で、時代がそれを求めているのではないでしょうか。

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