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スレッドNo.7444

作句の背景など

ナチ-サンさん、アイビ-さん句会の運営等いつもありがとうございます。
また、小生の句について選評をいただきありがとうございます。
独りよがりの句が多く自身も忸怩たるものがあります。取り上げていただいた
2句について作句の意図や背景について説明させていただきます。

○言の葉は心の容器蝌蚪の水
心の中で様々な思いや意見を持っていても、それを「言の葉」として表出しなければ理解されないし、その表現の仕方が容器と水の関係に通ずるのではないかと言う意味であります。「蝌蚪の水」との取り合わせについては、特段に関連性はないが、オタマジャクシが自由気ままにに泳いでいるように見えるが実は水がオタマジャクシを紐にしたりバラバラにしたりして泳がせているのではないかと考えた次第である。傍題ではあるが、「蝌蚪の水」と言う季語がある由縁ではないかと勝手に考えた次第です。

○しがらみは越えて行くもの夏の川
ナチ-サンさんが書かれているとおり、元々、「しがらみ」とは水の流れをせき止めるために打ち込まれた杭のことであり、それが転じて、世の中の様々な習慣や風習など日常生活の自由を縛る「足かせ」を指すようになったものです。
一般に、この「しがらみ」について社会生活の上で負の側面ばかり強調されるが、実は長い歴史の中で培われてきた社会の安定装置としてのプラスの面があります。
したがった、しがらみは排除するのではなくて、夏の川の水のように乗り越えて行くべきものではないかとの思いを込めて詠んだ句であります。

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てつをさんへ
 自解有り難うございました。胸に落ちるお答えで共感しております。この2句、連作と捉えると一層納得させられます。テーマは「水」。実は私のモチーフは「水」、旧作の❛去年今年流れる水の如きもの❜は、虚子の「去年今年貫く棒の如きもの」に反発した若気の作です。いずれにしても、「水は容器の添って形を変える」から「言の葉は心の容器」への転換は人生の在り方を示唆するものとして改めて感銘を受けています。ちなみに私の俳号は「水心」、三重、和歌山と育った環境から水に愛着があり宇宙をめぐる水の存在にあこがれて命名しました。通常の句会では使っています。有り難うございました。

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