アイビーの感想 その2
アイビーの感想 その2
73 病棟の四階の窓小夜時雨 (悦ちゃんあらさん)
何の病気か存じ上げないが、とかく入院生活は単調だ。いきおい、周囲の雨や風、自然現象の諸々に鋭敏に反応する。この辺りの機微は入院経験のある人なら容易に共感できる。早い夕食を摂った後、就寝には時間があるが、さりとて何もすることが無い。無聊だ。何時しか外は雨になっている。
10 お日様に叱られさうで布団干す (風深さん)
よいお天気だ。こんな日に布団を干さない手は無い。この句のキモは何といっても「お日様に叱られさう」というユニークな楚辞に尽きよう。お見事、参りました。
44 高齢叙勲面映ゆし冬薔薇 (きよしさん)
どの分野かは存じ上げないが、晴れのご叙勲おめでとうございます。一つのことをやり遂げた充足感と冬薔薇の取り合わせがまことに効果的だ。その道を極められたきよしさん、今度は文芸の方面でも一家を為されるよう期待して止まない。
72 伊那谷の妻恋ふ鹿の鳴きやまず (森野さん)
互選で7点が入った句。最初、私は動物である鹿が妻を恋うのは、いくら何でもオーバーすぎる表現と思っていたが、作者自身の解説で認識を改めた。伊那谷では夜通し雄鹿のもの悲しい、求愛の鳴き声が止まないという。さすれば「妻恋ふ」の表現は十分に必然性を持つ。
88 鬼平剣客梅安・根深汁 (てつをさん)
私が特選にいただいた句。鬼平剣客梅安と並べるだけで池波正太郎ワールドが展開する。つまり鬼平犯科帳、剣客商売、仕掛人・藤枝梅安の人気シリーズのタイトルをずらり並べた。上五、中七は句またがりになるが12文字で、座五の根深汁できっちり定型に収まった。季語の根深汁が見事。いわゆる季語が動かないとはこのことだろう。ただ句の途中の「・」は要らないと思うがどうだろう。
54 踏ん切りのつかぬことあり落葉焚く (てつをさん)
どうしたものか、思い悩んで踏ん切りのつかない問題と座五の「落葉焚く」との距離感が絶妙。関係がありそうで、無さそうで、この辺りの呼吸が俳句の呼吸だろうか、大変勉強になった。
91 冬の馬場栗毛靡かせ返し馬 (ナチ―サンさん)
勉強家のナチーサンさんらしく、今度は競馬の世界に挑戦した。もともと競馬にハマっているのならともかく、そうではないわけで、新しい分野に敢然と挑戦される姿勢に敬意を表したい。広く視野を持ち、これからも若々しい俳句を大いに期待したい。
4 嬉々として子の破りたる障子貼る (エミさん)
誰しも経験のあることだろう。普段、障子を破れば大目玉だが、障子貼りの時は親公認で破る。それが面白く、恰好のストレス解消にもなる。子ども時代の一コマを活写した佳句。
65 来年も平和であれと日記買ふ (エミさん)
当たり前のことを当たり前に詠む。これが、言うは易く行うに難いのだ。エミさんは当たり前の事象を外連味なく素直に詠んだ。「平和であれ」との字句を入れることによりただごと俳句からの脱却に成功した。
36 冬ざるる地球人口八十億 (無点)
私の子ども時分、地球人口は27億と教わった。それが先頃の報道では80億になったと言う。約半世紀で3倍弱になった計算だ。時事問題を早速俳句にしたところは、なんでも俳句にしてやろうという意気込みが窺われる。ただ季語の「冬ざるる」は最良の選択だろうか。どういう意図があったのか、作者自身の見解を聞きたいものだ。
以下次号 不定期掲載