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スレッドNo.874

アイビーの感想 その3

アイビーの感想 その3

43 大屋根の影が来てゐる実千両 (林檎さん)
寺の本堂かなにかの構築物であろうか、影が伸びてきて丁度、境目の所に生垣があって千両が赤い実をつけている。一口に言って端正な句という印象だ。夏とかほかの季節なら、影がここまで伸びてはこないが、冬の日差しであればこそ生垣の所まで伸びてきた。さりげない描写だが行き届いた観察だ。

56 山眠る夜は星ぼしをいただきて (林檎さん)
43番と同様、気品高く端正な句。森閑とした冬の山と、凛とした冬の星の取り合わせが美しい。

66 カタールに歓喜の叫び寒昴 (ふうりんさん)
言うまでもなくサッカーワールドカップでの一コマ。侍ジャパンの大健闘に日本中が湧きたった。ところが、中東のカタールということで時差の関係から、テレビ放送は深夜から未明になる。従って「寒昴」ということになる。

70 強力のおろす空荷へ雪蛍 (かをりさん)
強力は登山の案内人兼荷物運搬の業に携わる人で「ごうりき」と読む。信仰の対象として富士登山が始まった江戸時代からあり、昭和40年代まであったという。小説家・新田次郎は50貫(178キロ)もの巨岩を担い白山登頂に挑んだ男の生きざまを描いた「強力伝」で直木賞を獲った。この句は強力という得難い題材に雪蛍を配した。幻想的な雪蛍。現とも幻ともつかぬ世界に陶然とさせられる。

95 ねんねこや狭き厨の水仕事 (玉虫さん)
季語のねんねこがまことによく利いていると感じた。狭い台所で水を扱う主婦の仕事の大変な様。多くを語らなくてもねんねこという小道具一つで判らせた。実際はどうか分からないが、合理的に設計されたシステムキッチンではなく、昔ながらの農家の台所を私は想像した。

38 米軍のアンテナ消えて大冬田 (小松菜さん)
これは依佐美(現・刈谷市)の鉄塔のことだろうか。長らくこの地域のランドマークであり、例の「ニイタカヤマノボレ」の暗号が発せられたのがここからと言われる。戦後GHQに接収され、平成6年まで使用された。今はすっかり撤去され辺り一面田圃となっている。なんの変哲もない冬田の風景だが、一人ひとりの胸に去来するものはそれぞれだ。

53 聖夜来てパパの靴下欲しき孫 (小松菜さん)
子どもたちには待ちに待ったクリスマス。プレゼントを入れる靴下が小さいので、パパの大きな靴下にして欲しいと孫が言う。なんとも可愛い盛りで、和やかな風景だ。ところで、サンタさんが夜中にプレゼントを持って来てくれると信じているのは、一体、何歳ぐらいまでだろうか。

22 やつと降る聖夜の雪やチャチャ登り (無点)
クリスマスに都合よく雪が降るとは限らないが、ホワイトクリスマスというように、雪があった方がムードは出るのは間違いない。この句は、うまい具合に雪が降り出したのはよいが、座五の「チャチャ登り」が分らない。どなたかお教え願いたいのだが。

51 四季桜咲き紅葉散る和紙の里 (無点)
四季桜と紅葉散と和紙で小原村(現豊田市)であることは自明だが、問題は季重りだ。厳密には、四季桜という季語は無いから季重りにならないとの解釈も可能だが、やや苦しいように思う。私は必ずしも季重りがダメとする立場ではないが、この句の場合は季重りの弊が明らかにあるように思う。皆さんはどう思われましょうか。現実の小原村は四季桜と紅葉散が同時進行しているから、余計悩ましいのだが。

アイビーの感想 完

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かをりさん、肝に銘じます。
家庭の躾ですよね!
でも、でもね。
家庭と教室の縛りの外の・・・
保健室は居こごちサイコー。

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アイビーさん、お纏めと感想を感謝です。
強力の句、ありがとうございます。
新田次郎は結構好きでして、ええ、お察しの通り「強力伝」を意識、いえその作品へのオマージュです。
強力の空荷は晩秋から初冬への象徴、仕事の了。強力方々の安堵感として詠みました。
私は実景も詠みますが、本の世界から想像して詠むのも好きです。コロナ以降。
そういう意味でソファーで散歩です。

玉虫さんへ  うーん保健師や養護教員は空きがなかなか出ず(居心地がいいのかな)
で、現在専門学校の講師ですが、生徒はみんな、みんな可愛いです。
しかし、躾けは家庭でお願いしたいです。

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年12月19日 23:05)

玉虫さん、ありがとうございました。
句の背景を伺うとまた一際、鑑賞も違った観点からの味わいがありますね。

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チャチャ登り・・・函館にある坂道の名前です。それもアイヌ語。
きつい勾配を登るので、お爺さんのように背中が。でつけられたらしい。
若き日あの近くで働いて居ました。
クリスマスには、雪が降ると良いね!等と話して待っていました。
待っていると来ないのは今も昔も同じ。
やっと来た聖夜の雪やチャチャ登り・・・やっと降る聖夜の雪やチャチャ登り
どちらが良いか迷ったり。
雪を待つワクワクは、若さ故の事と今は、しみじみ。

ねんねこや狭き厨の水仕事
ス-パーで見掛けるお母さん、お父さんは、かっこよく赤ちゃんを背負ったり抱っこしたり。
それにつけてもあの頃の私と来たら・・・。で、一句。
社宅の台所は狭く、核家族の暮らしでは、背中にくくりつけるしか無かった。
勿論田舎の土間の厨でも同じに。
ねんねこは私をお母さんに育ててくれた、そんな気がして詠みました。

水仙の花と居座る保健室
何故保健室があんなにも好きだったのでしょうか?
居座る程に。
かをりさんが養護の先生だったら、ハイハイ今日はここまでね!
と押し出されたかもしれません。それとも居座らせてもらえたでしょうか?

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