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スレッドNo.167

論語でジャーナル

4,子夏曰わく、小道と雖も必ず観るべき者あり。遠きを致(きわ)めんとすれば泥(なず)まんことを恐る、是(ここ)を以て君子は為さざるなり。

 子夏が言った。「(取るに足りない)小さな技芸の道であっても、見るべき部分はあるものだ。しかし、究極まで極めようとすれば、小さな技芸は邪魔になる。だから、君子はそれをしないのである」。

※浩→「小道」を、道家・法家のような異端の学を指すと古注は解釈しています。しかし、荻生徂徠が指摘するように、子夏の時代はまだ諸子百家の成立以前で、朱子のように「農、医、卜筮(ぼくぜい)」などの技芸を指すと考えるほうがよい、と貝塚先生。子夏の門人の中には、技芸の末にこだわる人が多かったので、注意を与えているのでしょう。「遠きを致めんとすれば泥まん」を、「その技芸をそのままやっていくと泥沼に陥る」と読む説と、「小道」ではなく「大道」つまり究極の知を求める者には「小道」は障害になると読む説があります。吉川先生は前者で、貝塚先生は後者で、解釈が分かれています。悩ましいところです。「大道を歩むには小事にこだわるな」というのも理解できますし、「小事を軽視すると大事を招く」という『老子』のような考えも理解できます。あまり教条的に捉えないで、臨機応変、事態に即して柔軟に考えたいです。
 昨日は、のどかに元日を迎えたと思いきや、夕方には北陸で大地震で、人災ばかりか天災にも油断のならないご時世です。度々引用している「天下の難事は必ず易きより作り、天下の大事は必ず細より作る」を噛みしめて暮らさないといけません。新潟には2016年の、能登には2018年のアドラー心理学会総会で訪れていて、とてもよそ事には思えません。被害の少なからんことを祈る思いでいます。

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