離婚、感情と理性……
Q
2人の小学生の子どもがいます。近々私の意志で夫と離婚します。
A このごろ多いなあ。
Q ただし、私の経済力がないので資格を取り始めました。資格が取れても、はたして生活できる収入が得られるか期待できません。それでも決意は変わりません。離婚後の生活を楽しみにしています。
A あまり楽しみにしないほうがいい。
Q 夫との同居中も子どもたちと楽しく暮らしていくためには、どういう態度で接していけばいいでしょうか?
夫のいいところは、子どもたちに対する態度は普通で、わずかながら生活費を入れてくれること。残りは実家に頼っている。
許せないところ。ドメスティックバイオレンス。精神的ときには肉体的に。
A 横文字になるとみな食らいつくな。要するに“殴る”わけだ。
Q 結婚してからすぐ始まった。他人に対してもする。人間関係が作れない。生活費を他の人と比べて少ししか入れず、自分のために使う。今年に入って、ソープ遊び、不倫も。
A
でも、夫がふられてかわいそう。まあ離婚するんですから、もう他人なんですから、他人ということは人生をともにしないんだから、一緒に楽しく暮らすと言うても、楽しく暮らすとあんまり離婚に対するパワーが出ないと思う。
人間は感情を何のために持っているかというと、パワーを出すためです。他人を動かすか自分を動かすときに、冷静だとなかなかうまくいかないから、かけ声をかける。「エーイ!」っと。あのように怒ったり、恨んだり、嫉妬したりする。離婚ってすごいパワーのいる行為だから、いっぱいかけ声がいる。
特にこういうふうに経済的に不安があるとき離婚するのは、そんなに明るく冷静にルンルンとたいていの人はできない。不幸にならなきゃいけない。怒らないといけない。恨まないといけないから、怒るとか恨むとか不幸になるのも、ちゃんと目的のある合目的な行為なんだから、ありがたくいただいて、毎日不幸せに暮らしたらいかがですか。
アドラー心理学の感情についての考え方がなかなか納得してもらえないんです。感情というのは目的のために使われる手段の1つです。感情が原因で人間が行動するんじゃない。人間が行動するときに、感情を使ったほうが便利だと無意識が判断したとき感情を作る。感情というのは、理性に比べるとより原始的な道具だから、一方はすごい強力で、一方は副作用が大きい。理性は感情ほど強くないけど、その代わり副作用が少ない。育児の中で「なるべく怒ったりしないように」というのは、別に「怒ってはいけない」と言っているのではない。怒りには副作用が大きいと言っている。「子どもを育てていく上で、怒ってあるいは叱って育てると、子どもが萎縮するとか、親を恨むとか、消極的になるとか、いろいろ副作用が大きいから、そのことを知っていてください」と言っている。離婚するとき怒っていけないという理屈はない。別に怒ったっていいよ。だって離婚するんだもの。相手を育てているわけじゃないから。怒りというものの副作用がそんなに悪い形で出てこないので、別に怒ってもらっても恨んでもらっても一向にかまわない。それは人間の1つの生理作用だから。
何か離婚するまでルンルンと明るく暮らしていて、それで離婚するというのは何となく悪人みたいじゃない。悩み苦しんで離婚するほうが世間体も良くないですか。
無理に明るくなろうとしないで、淡々と冷静に作業を進めながら毎日暮らしてくださればいいのではないでしょうか。