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スレッドNo.749

昭和の唱歌

昭和前期(昭和元年〜昭和10年)の唱歌

 この時期の唱歌は、大正末の唱歌体系を継承しています。文語調・四季礼賛・風景描写が中心ですが、まだ軍国的色彩は弱く、中田章・吉丸一昌・岡野貞一らの流れを維持していると言えます。この時代、都会的な童謡(赤とんぼ・七つの子 など)は学校ではまだ採用されず、純粋な唱歌重視の時代と言えます。また、明治以来の外国曲に日本の歌詞をつける唱歌は続いていました。ここで紹介する曲は、それ以前に創られた海外の曲に日本語の歌詞をつけた曲が、昭和初年に歌われていた例で、「牧場の朝」のような新曲は、現在歌われているものが少ないと言えます。

「旅泊」 ビクター少年合唱隊   


「埴生の宿」 NHK東京放送児童合唱団   
 

「牧場の朝」初出は昭和7(1932)年12月「新訂尋常小学唱歌(四)」 東京少年合唱隊 


   昭和中期(昭和11年〜昭和15年)の唱歌

 昭和10(1935)年以降、教科書の改訂が繰り返される時期に入り、「国語・修身・唱歌」の一体化が進み、内容が 日本的風景・農村・労作主義 に強く傾き、都会や個人感情より、共同体・国家・労働が重視され、歌詞は口語化よりも文語体が維持され、旋律は簡明で律動的な構成が増加しました。
 農村・労作主義的唱歌としては、「稲の穂」「秋の野」「朝の仕事」「牛飼いの歌」「田植」(昭和11〜14年教科書)などがあります。
 四季唱歌としては、「春の道」「夏の朝」「秋の風」「冬の山」などがあります。
 国民的同胞意識を促す曲としては、「町の鈴」「村の友」「少年の歌」「我らの旗」などがあります。

「田植」  NHK東京児童合唱団   


   昭和後期(昭和16年〜昭和20年)=国民学校唱歌

 戦時色の強い教科書 国民学校令昭和16(1941)年により、教育唱歌はほぼ軍国唱歌・皇国史観唱歌に統一され、自然・四季の歌は大幅に縮小または削除、内容が「忠君・報国・労作・家族の道」へ集約、歌詞の多くが文語体で、調性は明快かつ力強い行進曲・軍歌調が増えています。 
 この時期の唱歌としては、「大君の御旗」「皇国の春」「紀元二千六百年」「天長節」のほか、航空・海軍・陸軍関連唱歌、国防・勤労関連唱歌がありますが、これらのの唱歌は、現在ほとんど歌われていません。 四季・自然唱歌は、ごくわずかに残存していました。
 このように、昭和期に生まれた“新作唱歌”は少ないのですが、その理由は、大正期に体系が完成しており(自然唱歌の黄金期)、文部省が「新作よりも体系の維持」を優先したことや、昭和10年代以降は軍国化で創作の自由が制限されたこと、童謡の隆盛によって、創作エネルギーが学校外に移動したことがあって、昭和に生まれた「名唱歌」は実は多くありません。
 また、戦後は、唱歌は新たに創られませんでした。

「紀元二千六百年」 永田絃次郎・長門美保  

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