ルシファーのまどろみ・予告編-1
サイトのメンテを担当してくださっている葉子さんから、体調が思わしくないという連絡を頂戴しました。そのため、『ルシファーのまどろみ・予告編』を[本棚]コーナーにアップしてもらえるのがいつになるのか目途が立ちにくい状態に現在なっています。そこで緊急措置として、この掲示板で公開することにしました。読みにくいかもしれませんけど、ご理解の程よろしくお願いいたします。
それと、そういう事情ですので、『もういちど、三人で』と『ルシファーのまどろみ本編』の公開が当初予定していた時期よりも遅くなる恐れがあります。ただ、いざとなったら、私がHTMLを勉強し直して葉子さんのヘルプに入ることも考えますので、極端に遅くなることはないと思います。その点、ご安心ください。
で、ここで警告。
葉子さんの体調不良について「いよいよ更年期障害か!」というような噂を流した人については、風説の流布で告発する準備が整っています。くれぐれもご注意ください(笑)
では、予告編をどうぞお楽しみください。
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ルシファーのまどろみ・予告編
~ ルシファー(ルキフェル、ルシフェルとも)は、明けの明星を指すラテン語であり、光をもたらす者という意味をもつ悪魔・堕天使の名である。キリスト教、特に西方教会(カトリック教会やプロテスタント)において、堕天使の長であるサタンの別名であり、魔王サタンの堕落前の天使としての呼称である ~
ウィキペディアより引用
*
息を切らしながらドアを開けると、他の役員達は既に席に着いていた。
「珍しいね、服部さんが一番遅いなんて。何かあったの?」
部屋に入って遠慮がちにドアを閉める服部雅美に向かって、会長席の小林伸也が気遣わしげに声をかけた。
「ごめんなさい。終業のホームルームが長引いちゃったものだから」
呼吸を整えながら、雅美はぺこりと頭を下げる。
ここは、学校法人『遊鳥清廉学園』が運営する遊鳥小学校の児童会室。部屋にいるのは、児童会の会長で六年生の小林伸也、副会長で六年生の藤森淑子、会計で五年生の矢野省吾、そして、少し遅れてやって来た書記で五年生の服部雅美といった面々だ。
遊鳥清廉学園は、優秀な外科医から訳あって初等教育の世界へ身を転じた宮地紗江子が、最初に設立したひばり幼稚園を基盤に立ち上げた学校法人で、ひばり幼稚園を改組してこども園の認定を受けた遊鳥こども園、遊鳥小学校、遊鳥中学校、 遊鳥高等学校を一括運営しており、今や、幼高一貫教育を行う教育機関として少なからず名の知れた存在になっている。
紗江子は自らが初等教育に携わることになった当初から幼高一貫教育を実現する腹づもりだったらしく、その手始めとしてひばり幼稚園を開設する時点で既に、亡き父親から受け継いだ資産を惜しげなく注ぎ込んで広大な土地を入手していた。一般的な幼稚園と比べて余裕のある設計になっているひばり幼稚園も、そんな土地の一角を占めるに過ぎない。そんな広大な土地を維持するに必要な固定資産税や他の経費を支払い続けながら機会を窺っていた紗江子が、医師時代からの盟友であり医療法人『慈恵会』を率いる笹野家の当主たる笹野美雪の協力のもと、文部科学省と厚生労働省に対する影響力を行使する手筈を整えたのが、今から七年前のことだった。そしてその翌年には、普通ではあり得ないほど短い期間で学校法人設立の審査を通過させ、学校設立の認可を得て、更にその翌年には小学校、中学校、高等学校の同時開校を果たしたのだった。
新設校というと生徒集めに苦労することが多いものだが、この点でも紗江子は抜かりがなかった。ひばり幼稚園の運営において紗江子は、園児だけでなく保護者に対しても充分すぎるケアを行うよう心がけ、絶対的な信頼を得ていた。それに加えて、高級住宅地の中に設立することでブランディングにも成功していたため、紗江子が本格的な学校運営に乗り出すということを聞きつけたかつての園児の保護者はこぞって、地元の学校に通わせていた子供を遊鳥清廉学園に編入させる手続きを取った。そのおかげで、遊鳥清廉学園が運営する小学校も中学校も高校も、一年生から最上級生まで、どのクラスも開設当初から定員人数を満たしていた。
ここ、遊鳥小学校の児童会室に集う児童会の役員もその例外ではなく、四人とも、ひばり幼稚園を卒園した児童だった。中でも、伸也と雅美は、ひばり幼稚園・特別年少クラスの御崎葉月の面倒を一緒にみた間柄ということもあり、学年こそ異なるものの、互いに気心の知れた仲だ。
「いいのよ、そんな、ごめんなさいだなんて。いつも服部さんが一番早く来て資料の用意とか机の掃除とかしてくれていること、みんな知っているんだから」
淑子が優しい声をかけた。
「そうだよ、ホームルームが終わるのが遅くなっちゃったんだから、仕方ないさ。服部さんが気にすることじゃないよ」
淑子の言葉に相槌を打つ省吾。だが、神経質な様子で眼鏡のフレームを押し上げ、僅かに首を傾げて続けた。
「ただ、新学期が始まってすぐでもないのに終業のホームルームが長引くなんて、あまりないことだよね。クラスで何か問題でもあったのかい?」
「ううん、違うの、問題があったんじゃないのよ。今日、うちのクラスに転校生が入って来たの。それで、紹介とかは朝のホームルームで済ませたんだけど、転校してきた子が病気がちなんだそうで、そのことについて先生が説明するのに朝のホームルームだけじゃ時間が足りなくて、終業のホームルームで詳しく説明してもらっていたの。だから時間がかかっちゃって」
雅美は軽くかぶりを振って応じた。
「ふぅん、そういうことだったんだ。でも、今ごろ転校だなんて珍しいね」
省吾は小さく頷いたが、依然として、どこか釈然としない表情を浮かべている。
「そうね、もうあと十日で夏休みって頃に転校だなんて。普通だったら休み明けから新しい学校ってことになりそうなのに。こんな中途半端な時期に転校だなんて、何か特別な事情があるのかな」
省吾の顔と雅美の顔を見比べながら淑子が言った。
「あのね、そのことも先生が説明してくれたんだけど、転校してきた子が病気がちだってことに関係しているの。その子、理事長先生のお知り合いの笹野先生の病院で病気を治してもらうことになったらしいんだけど、笹野先生のとこの病院って、幾つもあるんだってね。それで、その中でも、研究所付属とかいう特別な病院にかかることになって、だから、その病院に近いこっちに住まなきゃいけなくなったみたいなのよ」
終業のホームルームでの担任の説明を思い出しながら雅美が応じた。
「ああ、そういうことか。病気の治療だったら、ゆっくりしてられないもんね。どんな病気かわからないけど、少しでも早く治療を始めた方がいいに決まっている。だったら、夏休みが終わるのを待とうとか言ってられないよね」
ようやく納得して省吾が頷く。
そこへ、それまで雅美達の会話を静かに聞いていた伸也が
「それで、転校生は男子、女子、どっち? それと、なんていう名前なのかな? 病院の都合があるにしても、公立の学校じゃなくてわざわざ遊鳥小学校に転校だなんて、ひばり幼稚園に通っていた子かもしれないよね。ひょっとしたら一緒に遊んだことがある子かもしれないから、服部さん、転校生のことについて知っていることを詳しく話してよ」
と、興味津々といった表情で割って入った。
それに対して雅美は
「だったら、もう少し待ってもらった方がいいかな。私が教室を出る時、校内を案内するためにクラス委員の野田さんも転校生と一緒に教室を出たんだけど、後で児童会室にも寄るからその時はよろしくねって言っていたから、ここに来た時、本人にいろいろ訊いてみるのがいいんじゃないかな、私が説明するよりも」
と応じ、少し考えてから
「でも、名前と男子か女子かは先に言っておいた方がいいよね。えーと、名前は坂本メグミ、漢字で『恵』と書いて『メグミ』と読むんだって。名前からもわかる通り、女の子。それも、とっても可愛らしい女の子だよ。肩に届くか届かないかくらいの髪が綺麗で、眉のちょっと上で緩いカーブを描くみたいに前髪を切り揃えているのがとってもお似合いの、お人形さんみたいな女の子。メグミちゃんが教室に入って来た途端クラスの男子がみんな、うわーって声をあげちゃったくらい可愛らしい子なんだよ。……そんな可愛い子なのに、病気がちだなんて可哀想だよね。そういえば、二時間目と三時間目の間の休憩時間やお昼の休憩時間に保健室の梶田先生が教室に来てメグミちゃんと何か話して、それで、メグミちゃんを保健室へ連れて行ってたっけ。やっぱり、あれも病気と関係あるのかな。転校してきてすぐに慣れない学校の保健室へ行かなきゃいけないなんて、すごく不安だろうな。笹野先生のとこの病院で早く病気を治してもらえたらいいな、メグミちゃん」
と付け加えたのだが、最後の方は溜息交じりの気遣わしげな声になっていた。
*
一週間に二回ある定例の役員会で雅美たちは児童会室に集まっているのだが、もうあと十日で夏休みという浮ついた気分のこの時期、児童会としてもたいした議題があるわけではなく、一年生のために編纂する『はじめての夏休みのしおり』の内容を確認し終えた後は、ついつい雑談に興じてしまう。それも、話題がどうしても、雅美のクラスの転校生のことになってしまうのは仕方がない。
ドアをノックする音が聞こえたのは、伸也や雅美たちが幼稚園に通っていた時に坂本メグミという園児がいたかどうか判然とせず、四人ともが幼稚園時代の曖昧な記憶を思い起こそうとしている、その最中のことだった。
記憶を辿ることに誰もが夢中でノックの音に気づかず、しばらくしてから、今度はさきほどよりも強くドアを叩く音が響き渡った。
それでようやく淑子が我に返り、慌ててドアの方に顔を向けて、どうぞ、入ってくださいと声をかける。
その声に応じて遠慮がちに開いたドアの向こうにいたのは、雅美と同じクラスで一学期のクラス委員を務める野田明美だった。
そして、明美と同じ丸襟のブラウスにチェック柄の吊りスカートという遊鳥小学校の制服姿の少女が、明美の背後に身を隠すようにして佇んでいる。
「たった今、話をしていたところなのよ。ちょうどよかった。野田さん、遠慮しないで入ってちょうだい。ほら、坂本さんも」
クラスメイトの姿を目にした雅美はドアのすぐそばへ駆け寄ると、二人の手を引っ張って部屋の中に招き入れ、他の役員達の方に振り返って
「野田さんのことは、児童会とクラス委員会の合同会議で何度か会っているから知っているよね。で、その後ろにいるのが、新しいクラスメイトになった坂本メグミさん」
と紹介し、明美の後ろに立ちすくんでいる転校生を強引に前へ押しやって、屈託のない声で
「せっかくだから、児童会のみんなに顔を覚えてもらうといいよ。何か困ったことがあった時とか、役に立つ助言してもらえたり、いろいろ助けてもらえるから」
と耳元に囁きかけた。
けれどメグミは
「……で、でも……」
と、ホームルームでの自己紹介の時もそうだったように、よく耳を澄ませていないと聞き逃してしまいそうな弱々しい声で曖昧な返事をするだけだった。
それを
「服部さんの言う通りよ。児童会の役員は、誰かが困っていたら本当に親身になって助けてくれるし、何か問題があったら先生にだって遠慮しないで相談をもちかけたりしてくれる人ばかりなの。だから、少しでも早く新しい学校に馴染むためにも、お近づきになっておきましょうよ」
と、伏し目がちのメグミの顔を覗き込むようにして明美が優しく促す。
それでも、メグミはおどおどした様子で、何か言おうとしては顔を伏せ、ちらちらと雅美の方を見ては慌てて視線をそらすといったことを繰り返すばかりだった。
そんな時、ドアをノックする音が再び聞こえた。
しかし、明美とメグミが部屋に入ってきた時とは違って、今度は、返事も待たずにドアが開け放たれる。
「お邪魔するわよ。今日は定例役員会の日の筈だから、みんないるわよね」
開いたドアからまるで遠慮するふうもなく姿を現したのは、遊鳥中学校のブラウスとスカートに身を包んだ富田愛子だった。
そして愛子に続いて
「ごめんね、急に来ちゃって」
と言いながら、上山美鈴が部屋に入ってくる。
美鈴は伸也の前に児童会の会長を務めており、愛子はその時の副会長だったから、児童会室を訪れるのに遠慮など無用というところかもしれないが、それにしても、同じ敷地内に建っているとはいえ、中学校の校舎からそれなりに距離のある小学校の校舎までわざわざやって来るからには、何か急ぎの用件があってのことだろうか。
「急にどうしたの? 連絡もなしに愛子お姉ちゃんと美鈴お姉ちゃんがお揃いで来るなんて、何かあったの?」
思いがけない来訪に驚いた雅美は、他の役員達がいることも忘れてしまったかのように、幼稚園以来の呼び方で二人に声をかけた。
「うん、みんなに紹介したい人がいてね。うちのクラスに編入してきた転校生なんだけど、どうしても小学校の児童会に挨拶したいから連れて行ってほしいってお願いされちゃって、それで、案内してきたのよ」
美鈴は明るい声で簡単に事情を説明した後、
「いいわよ、井上さん、入ってきて」
と、開け放したままにしてあるドアの方に振り返って手招きをした。
美鈴が『井上さん』と呼びかけた瞬間、メグミがそれまで伏せていた顔を上げ、僅かながら頬を紅潮させて、美鈴と同じようにドアの方にいそいそと振り向く。
「ごめんなさい、突然お邪魔しちゃって。でも、できるだけ早いうちにみなさんにご挨拶しておきたかったから、クラス委員の上山さんと富田さんに無理を言って連れて来てもらいました。私は、今日から上山さんたちと同じクラスの仲間になる井上京子です。よろしくお願いします」
そんなふうに挨拶しながら大人びた仕草でお辞儀をして部屋に足を踏み入れたのは、美鈴や愛子と同じ遊鳥中学校のブラウスとスカートを着用し、これも二人と同様に一年生を示す淡いピンクのリボンタイを着けた女生徒だった。
その姿を目にするなり、それまでぽつねんと立ちすくんでいたメグミが
「京子ま……ううん、京子お姉ちゃん!」
と、いかにも嬉しそうに声を張り上げて両手を大きく広げ、すがりつかんばかりにして、抱きつこうとする。
だが、それを京子は
「あら、メグミの方が先に来ていたのね。それで、みなさんへのご挨拶はもう済ませたの? 上手にご挨拶できたのかしら?」
と落ち着いた声で言ってやんわりと制しつつ、メグミの顔を見おろした。
「……う、ううん、ご挨拶はまだ……」
京子に問われて、メグミはしょんぼりした表情で弱々しくかぶりを振る。
「あらあら、五年生にもなって、まだきちんとご挨拶できないの? 本当に困った子なんだから、メグミは」
メグミの返答に京子はわざとらしく溜息をついてみせると、メグミの肩に両手を載せて雅美たちの方に体を向けさせ、それに合せて自分も体の向きを変えて
「改めて自己紹介しておきます。私は井上京子、隣の県にある私立K女子中学校から転校してきました。共学の学校に通うのは初めてのことで、戸惑うことも多いと思います。小学校と中学校の区別なんてせずに、困ったことがあったら助けてください。そのことをお願いするために、校内を案内してもらうことになったクラス委員の上山さんと富田さんに無理をお願いして、ここへ連れてきてもらいました」
と、にこやかな表情で再び挨拶し、隣に立っているメグミに向かって
「ほら、メグミもきちんとご挨拶なさい。あなたの方こそ、これからいろいろ面倒をみてもらわなきゃいけないんだから。いいわね、前もって教えた通り、きちんとご挨拶するのよ」
と、やや厳しい声で言った
言いつけられてメグミは何度か唇を舌先で湿らせた後、深く息を吸い込んで
「五年生に編入した坂本メグミです。京子お姉ちゃんと私は従姉妹どうしで、病気を治すためにこっちの病院にかかることになった私の面倒をみてもらうために、京子お姉ちゃんも遊鳥清廉学園に転校してくれました。私の故郷はN県で、お父さんとお母さんは故郷でお店をしています。だから私についてきてくれることができなくて、私の面倒をみてくれるよう京子お姉ちゃんにお願いしてくれたんです。お父さんやお母さんと離れ離れになったけど、大好きな京子お姉ちゃんとずっと一緒にいられるから、私は寂しくありません。京子お姉ちゃんに励ましてもらって、頑張ります。でも、京子お姉ちゃんと同じで私も共学の学校は初めてだから、いろいろ困ることもあると思います。その時は助けてください」
と、ぺこりと頭を下げて言ったのだが、最後の
「よろしくお願いします、五年生のお、おとも……」
というところで言い淀んでしまい、おどおどと京子の顔を見上げる羽目になった。
そんな二人の様子を見ていた省吾が
「あ、そういうことだったんだ。中学校に転校してきた井上さんがわざわざ小学校の児童会室まで挨拶しに来るなんて不思議だったけど、小学校に転校してきた坂本さんが慣れない学校で困らないよう児童会にお願いするためだったのか。従姉妹どうしということもあるけど、とっても面倒見がいい優しい人なんだろうな、井上さん」
と、二つ年上の女生徒に初対面で好意を抱いたのがありありの表情でぽつりと呟き、
「それにしても、井上さんはすごく大人って感じがして、憧れちゃうな。喋り方も落ち着いているし、同じ中学一年の上山先輩や富田先輩よりもずっと背が高くて、胸もとっても大きくて。その上、年下の従姉妹の面倒をみてあげる優しい性格だなんて、ほんと、すごいや」
と、自分の声が雅美の耳に届いていることにも気がついていないらしく、はーぁと熱い溜息をつかんばかりにして呟き続けた。
いつもは生真面目な省吾のそんな様子がおかしくて省吾の横顔をちらちら眺めながら思わずくすっと笑ってしまう雅美だったが、省吾の言うこともあながち間違ってはいないことに思い至り、並んで立つ京子とメグミに改めて視線を向けた。
省吾が思わず呟いたように、京子はかなり大柄だった。メグミの身長は雅美より高く六年生の淑子とほぼ同じくらいあるのだが、そのメグミが京子と並んで立つと、頭が京子の肩くらいの高さにしかならないことから、京子の背が中学一年生としては並外れて高いことがわかる。それだけでなく、豊かでたわわな乳房であろうことが容易に想像できる胸元と、きゅっとくびれた腰まわり、それに、張りのあるお尻の様子がブラウスやスカートの上からもはっきり見て取れるし、全体的に(女の子というよりも、女性と表現するのがふさわしい)やや丸みを帯びてふくよかな印象と、何かスポーツをしていたのか、決してぽっちゃりという感じではない、筋肉質で引き締まった印象とを併せ持つ、恵まれた体つきをしていた。しかも、なまめかしくさえ感じられる濡れたような赤い唇や、見る角度によっては潤んで見える瞳とぽてっとした涙袋とが相まって顔つきも大人びていて、制服を着ていなければ、二十歳台半ばと言われても信じてしまいそうなほどに実際の年齢にそぐわぬ色香さえ漂わせる京子だった。
そして、そんな京子との対比のせいで、メグミは随分と幼く見えてしまう。
それも、雅美たちへの挨拶の言葉に詰まり、助けを求めて京子の顔をおそるおそる見上げる頼りなげな仕草をするものだから尚更だ。
「どうしたの? 昨日の夜も、今日の朝も、ご挨拶でどう言えばいいか、何度も繰り返し教えてあげたでしょう? その通りに言えばいいのよ。他のことは考えずに、どんなことも私が教えてあげた通りにすればいいのよ、メグミは」
仄かに頬を染め、何か言いたげに唇を震わせるメグミの目を覗き込んで、京子は一言一言を区切るようにして言って聞かせた。
そうして、右手でスカートの上からメグミのお尻を優しくぽんぽんと叩きながら、唇をメグミの耳に押し当てて何やら囁きかける。 それに対して、メグミの唇が微かに動いた。
……いじわる。ままのいじわる……
なぜだか、メグミがそう言ったように雅美には思えた。
声が聞こえたわけではないし、唇の動きを読む術など身に付けているわけがない。
それでも、どうしても、「いじわる。ままのいじわる」と言ったように思えてならないのだ。ただ、それが何を意味する言葉なのか判然とせず、雅美は戸惑うばかりだった。
「なんだか、中学生と小学生の従姉妹どうしっていうより、若いお母さんと小っちゃな娘っていった方がお似合いみたいだな、あの二人。あんなふうにしていると、初めて会った人にまだ上手にご挨拶できなくて、お母さんに挨拶の仕方を教えてもらっている幼稚園児にしか見えないや、坂本さんてば」
省吾の呟き声がもういちど雅美の耳に届く。
雅美の目に映るメグミも、省吾が抱く印象そのままのメグミだった。
「ほら、私が教えてあげたことを思い出して、きちんとご挨拶なさい」
京子はもういちどメグミのお尻をぽんと叩いた。
「……よろしくお願いします、五年生のお、お友達のみんなと、六年生のお兄さんとお姉さん、それに中学生のお姉さん。一人じゃ何もできない私だけど、言いつけをちゃんと守っていい子にするから、いろいろ教えてください」
京子にお尻を叩かれるのを避けようとして身をよじりながら、ようやくメグミは挨拶を終えた。
さっきは仄かに色づいているだけだった頬が今は真っ赤だ。
その時になって、メグミのお尻が目立って大きいことに雅美は気がついた。背の高さは年齢にふさわしいものの、全体的に華奢で線が細く、腰まわりこそ相応にくびれているけれど胸まわりなどまるで発育していない、少女というよりも幼女めいて見える体つきのメグミなのに、お尻だけは、スカートを丸く膨らませるほどに大きいのだ。
「――私のむす、いえ、私の従妹がこれから何かとお世話になります。みなさんにはご迷惑をかけることもあると思いますが、よろしくお願いします」
京子が挨拶を締めくくり、落ち着き払った様子でお辞儀をした。
(病気と何か関係あるのかな)
心の中で呟きながら、雅美はメグミのお尻からいつまでも目を離せないでいた。
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