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スレッドNo.1007

紅薔薇の棘やはらかに猫毛雨

今日は唯一の俳句弟子をさみを連れて初めての吟行。場所は句会場の蕎麦屋の前の井草八幡宮で16時に待ち合わせて境内を吟行しようとしたがをさみは井草八幡宮はつまんないからととっとことっとこ早稲田通りの坂を下りて善福寺池の遅野井の湧水を見せたいと案内するので付いて行くと、コロナ前に通っていた吉祥寺の飲み屋「豊後」へ行く途中の善福寺池公園に案内した。わたくしが車椅子介護で馴染んでいた善福寺川緑地公園ではなく遅野井川の原水池の元となる善福寺池公園で、源頼朝ゆかりの池で、頼朝が水不足の折に、弓で七回地面を叩くと湧水が出たという伝説で、かなり広大だが、井の頭公園や妙正寺池公園や和田堀と大宮八幡宮を擁する善福寺川緑地公園と違うのは自動販売機とトイレと小さな子供用滑り台の遊び場があるだけで、売店や食事所の全くない上の池と下の池に分かれた建造は井の頭公園と似ているが、近隣の住人が盆踊りや売店が出来ると五月蠅いと抗議するのでひっそりとした佇まいで、鳥の声はするが軽鴨も一羽しかおらず、殺風景な佇まいで、スワンボートもあるが母子が一隻出ているだけで、ペダルで水を踏む音ががしゃがしゃ五月蠅いほど閑静な池で、目立つ花は山法師と紫陽花と立葵と栴檀(せんだん)の大木で、栴檀の古名は楝(あふち)で初夏に淡紫色の五弁花を多数つけ、出雲はどこへ行ってもこの花が咲き乱れていて、関東では見たことがなかったので出雲の地を思い出して再会を喜んだ。楝の木の下では父子がグリコ・チョコレート・パイナップルのじゃんけん遊びをしていて、ネパール人が何をしているのかと聞いていて日本人の奥さんが英語で説明しており、その下では彼らの息子だろうが雨の後の水溜りで裸足で泥遊びをしていたが、日本人の親だったら汚いと怒るところを笑顔で見守っていたから、なんか昭和の舗装道路がなかった頃の子どもの頃を思い出した。そうだ、泥んこになって子どもは遊べ。

弁財天は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)といい、橋は外されていたので手を叩いて参拝する音が鳴り響く。わたくしは子どもの声を五月蠅いと言うやからは早く死ねばいいと思うが、をさみも同感で、子どもの遊ぶ声を騒音と感じる感性は全く理解できない。命の喜びを感じさせる声ではないか。

  遊びをせんとや生まれけむ
  戯れせんとや生まれけん 
  遊ぶ子どもの声聞けば
  わが身さへこそ揺るがるれ 『梁塵秘抄』

商店街や選挙運動の喧騒は騒音として規制されてもいいが、子どもの声を騒音と感じる者は人間にあらず、即刻死ねばいい。死ねば静かで周りも喜ぶ。人は誰しも泣きながら生まれ来る。産声は命の輝く声でなくてなんであろう。

  紅薔薇の棘やはらかに猫毛雨
  青葉風スワンボートを漕ぐ母子
  新緑の中の女子会をちこちに
  遅野井の滝はポンプの修理中
  新緑や弁財天へ三拝す
  パイナップルグリコの父子花楝
  雨上がるあとの裸足の泥遊び
  芍薬はもう終はりねと見棄てられ
  橋幸夫旧宅に降る青時雨
  みづうみを向いて咲きけり立葵

をさみは亡き夫とよく散歩をしたとのことで(井草八幡の参道でバトミントンをして怒られたとか)その思い出を三句ほど詠んで来たが、命の限りとか気持が出過ぎるのでその気持を抑えて詠むように添削してあげたが、なかなかいい句になったので、聖教新聞の俳句欄が坪内稔典なので、去年6月7日に亡くなってから一年間教わった句を投句してみると言っていた。千羽鶴の俳句も短歌だと思いが詠めるよと添削したら親族からとても褒められたので、その短歌も投稿すると言っていた。俳句をやりだしてからだいぶ明るくなって、仲間を引き入れたいと虎視眈々だが、わたくしが嫌がるので、お爺さんとお婆さんのコンビで、彼女は親戚の付き合いや創価学会の付き合いで忙しい社交的な性格なので新聞投稿などで自分の暮らしを楽しむ余生を送れるだろう。

引用して返信編集・削除(編集済: 2023年05月21日 05:44)

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