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スレッドNo.1092

西域に生まれてここへ立葵

>「寒紅」の句、特選に選んだことは覚えていますが、どんな句だったのか具体的に思い出せません。

ラスカルの言葉で合点することがあった。なぜ広く深い数々の趣味を持ちながらわたくしが社交世間の外にいるのかを。
子どもの頃からの趣味を辿ると、詩と絵と映画(TVも)と小説と漫画が一番古く、次に和歌、音楽、批評、哲学、料理、カメラ、書道、オートバイ、ジャズと続いて最後に俳句が来る。他に釣とかいろいろあるが、義理と人情にからんで参加した付き合いとしての趣味はわたくしには本当の趣味ではないのでここでは割愛するが、俳句は52歳の御自由に生きたいという洒落で仏壇に入る前に俳壇に立ち寄ったという流れで、わたくしには一番新しい趣味で造詣も他の趣味ほど深くはない。俳句世間で一番多い意見は猫髭の俳句は下手だが批評は凄いし文章の旨さは他の比ではないという意見で、俳句には山本健吉以降は批評家がいないので俳句の批評家になれというものだった。前から不思議に思っていたが、「ハイヒール句会」や「影庵句会」はじめとするインターネット句会や結社誌「文」、同人誌「大」「なんぢや」、それにわたくしが吟行頭取をやっていた動物句会や小の会句会などでわたくしが主宰や代表から特選を得た句の数は、バックアップや編集作業で気づいたが、下手と云われるほど少ないどころかかなり多い。「ハイヒール句会」では数えたことはないがラスカルより☆の数は多いのではないか。(*^▽^*)ゞ。

逗子に住んでいた時に俳句を始めたのだが、本屋には俳句の本など辻桃子の入門書一冊しかなかったし(彼女は教え方がうまいので実に参考になった)、図書館には草間時彦の句集が並んでいるだけだったので俳壇に疎いわたくしはエライ人だとか知らず、逗子の日曜俳人だろうぐらいにしか思わなかったが、俳句は実に面白かったので為になったが、その草間時彦の句に、

  甚平や一誌持たねば仰がれず 草間時彦

という句がある。どこかの俳句協会の会長さんだとか俳句文学館の建立に尽くした人だとかは最近知ったが、わたくしは作品しか興味ないので、なんたら賞とかも興味以前に全く縁がない世界のことだとしか思えないが、要するにほとんどの俳人はアテンション・プリーズで注目を集める広告が必要だということで、「隠れて生きた者こそ良く生きた者である」(オウィディウス)を子どもの頃よりモットーとしているわたくしには目立ちたいというのは御法度で、なにもしなくても目立ってしまうのだから飛んでも八分である。ラスカルに句集というものは買ったり売ったりするものではなく「送り送られるものだ」と聞いたときは「お中元かよ」と驚いたが、本は読みたい本だけを自腹を切って買うものだと子どもの頃からお小遣いを貯めて本屋へわくわくいそいそ出かける楽しみをわたくしは今でも捨ててはいない。

長くなったが、俳人は自分の句しか読まない人種で他人の句には興味がないということが言いたかったのである。わたくしは自分の句にはあまり興味がないが、他人のものであれ秀句に出会えたときは我が事よりも嬉しい。これは俳人の目ではなく批評家の目だということを、多分みんなは言いたかったのだろう。しかし、頭に「俳句は下手だが」というのは小さな親切余計なお世話である。詩や小説は普通の人々には一生かかってもいい詩や小説は書けないが、俳句という定型文芸は普通の人々でも佳い作品が生まれる可能性があるからである。次の一句は、自費出版の句集にしか載っていないので(わたくしは大切に持っているが)、俳句が下手だと言われた酔いどれ俳人が母が亡くなった後の花見の席で、おまえもお詠みよと言われて満座の俳人たちを黙らせた句である。

  生きている人の集まる桜かな 中村十朗

あいつは下手だと言った俳人にこの句を見せると「この句はいい」と首肯した。これ以上の櫻の句は百年は出まい。

引用して返信編集・削除(編集済: 2023年06月18日 18:55)

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