句句句句と笑ふ女や寝待月
>ご次女さま
平安時代じゃないんだから猫娘でいいよ(^^)
長女はわたくしに似て「ひとりで何にもしないでぼうっとしてるのが一番幸せ」という子だからほとんど友だちもいなくて(親父が親父だからね。うちの妹たちも男は俺しか知らないから上京してうちの兄貴が変なのだと気づいたが時既に遅し、同世代とは全く話が嚙み合わなくて結局俺と同い年のオジサンたちと結婚した)多分同世代のワカ者がバカ者にしか見えないのだろう、カミサンも図書館に行くよりオジーの書斎の方がよっぽどおもろい本があると言っていたから、普通の女だったら一緒にいると楽しいが一緒に暮らすと厄介だと気づいて去ってゆくので、来る者は拒まず去る者は追わずだったが、さすがに年が行くと鬱陶しくてネット経由でヴァーチャルな関係が一番安全なソーシャル・ディスタンスなのだろう。昨日見た片岡鶴太郎が元骨董屋の跡継ぎで刑事役と云う「しんがん」というTVドラマは浮世絵の真贋事件で浮世絵がちゃちくてひどかったとはいえドラマとしては面白く、骨董の真贋を見抜くより人間の真贋のほうがよっぽど難しいと言うのは然(さ)なりで、要はあるがままをあるがままに受け入れる目を持つことがいかに難しいかという話になり、これは自我がある限り最初から不可能で、例外は「親の子を見る目」だけで「この子は自分の子だ」という目を終生失わないのは親の目だけである。その親が子を虐待するなど、理由はひとつしかない。その親の親が親の目を持っていなかった鬼畜だったからで、四歳までに親に猫可愛がりされた子は大人になってもあたじけない(ケチな)大人にはならない。長女も次女も思い切り可愛がったから真っ当に育ってくれて嬉しい。四歳まではぎうぎう抱きしめて可愛がるに限るのである。
しかし、次女は長女も驚いていたがカミサンに似てアイドル顔負けの別嬪さんで、カミサンも郷ひろみや伊集院静や高橋克典と浮名を流した祇園の芸妓佳つ乃の後釜に声をかけられてほいほいその気になって厳格な親に怒られていたから、わたくしと居ると「娘さんですか」とか声をかけられて「違う」と声を荒げると「あら、姪御さんでしたか」と言われる異様な若さがあって、どうも妻の母方の系譜はそういう血筋で妻の母と鎌倉を歩くと夫婦に見られたから、いくらわたくしが白髪白髭とはいえそういう血筋なのだろう。長女は化粧などほとんどしないが次女は写真を送ってくるたびに変身しまくってどれが本当の顔なのかわたくしにもよくわからない。(*^▽^*)ゞ。
