蕎麦焼酎蕎麦湯で割れば夜半の秋
まあ、ぴのこさんは早起きだこと。一昨夜に継いで昨夜はネット障害で韓流映画『ガールズ・コップ』を見ている最中にパソコンがフリーズしててんてこまいで、解決したので続きを見て、やっと土曜日の添削句会の話を三日がかりでアップするのでいつも長いのに今回は障害が連続したので余計長くなった。さあ、アップして寝て明日の、あ、今朝の仕事に備えよう。
蕎麦焼酎は夏の季語、蕎麦湯は冬の季語、で割ると夜半の秋。(*^▽^*)ゞ。
昨夜は月に一度の俳句添削会。弟子は御主人と自分の名前を足して「修美(おさみ)」という俳号にしたいとのことで、「漢字だと読みに迷うから女性だから平仮名で「をさみ」としたら。「を」は若いという意味があるから」と言ったら彼女は後期高齢者なので「おきな」の「お」だが、若い方がいいと旧仮名読みで「をさみ」におさまった。男は若く見られると「なめとんのか我れ~!」とうちの田舎では怒るが、女性は世界共通で逆というわけだ。わたくしはあるがままでいいのだが、どういうわけかまちまちであり、ために他人からどう見えるかには関心を持たないことにしている。もともと人目を気にするタチではないが。
をさみさんはまだ五七五の音数律が体に入ってないので指で数えても字足らずや字余りになりがちで、『季寄せ』も読み始めたばかりだから」季語だらけの季ぶくれは毎回である。俳句は横書きだと思っていたらしく日本語は筆と紙なので縦書きだと教えなければならないほど疎いが、空回りしつつもやる気だけは「主人との思い出を俳句で残したい」という一途さがあるのと、頭の回転が遅いので右脳俳句向きで、俳句の素質はあると思う。昨日は「爽籟」という季語が気に入ったと鎌倉吟ぶらに行ってよくこんな季語拾って来たと感心した。ショウライショウライと言うので最初は何を言ってるのかわかんなかったが、「さうらい」でソウライだよ。
俳句は見たものを自分が感じたままに写して、それを詠む人が想像力で豊かにしてくれることで俳句が喜ぶという、作品が主役で作者と読者が作り上げる文藝だから、説明とか観察を超えて生きている「生」を写した時に佳い俳句になる。自分の中に主観的な目と客観的な目の両方がないと駄目で、それには「多作多捨」と「多読多憶」をひたすら重ねてゆくしかない。短いので余計な言わずもがなの措辞は削って削って言いたいことは言わずに季語に託すというやり方を教えている。
をさみさんは横須賀生まれの横須賀育ちなので昔のどぶ板通りを知っており、今の暗渠になった小奇麗な横須賀ではなくお世辞にも綺麗とは言えない川が流れていた時代を知っているので、わたくしがハイヒール句会に参加して四ヶ月目で詠んだ、
横須賀のどぶを流るる聖夜かな
を実景としてわかる読者でもあり、逗子・鎌倉に住んでいたわたくしとは地元同士とも言えるから縁(えにし)があったのだろう。わたくしは「白頭」、白髪頭の老人という意味で「年年歳歳花相似 歳歳年年人不同」で有名な劉廷芝の漢詩『代悲白頭翁』」から取ったわたくしの最初の俳号を名乗っている。「猫髭」だとインターネットで素性がわかるのでをさみさんには通りすがりの俳句好きのヘルパーさんで通している。
をさみさんは御主人と創価学会に所属していて熱心な信者なので若い婚期の娘たちを伴い鶴岡八幡宮の結婚式の場所と鎌倉の日蓮上人の辻説法の跡などゆかりの寺を案内したのだという。鎌倉はわたくしの第二の故郷だから滅法詳しいので日蓮上人の辻説法をした場所などを教えておいたのだ。をさみさんは学会の信者で顔が広いので歩いてゆける蕎麦屋や小料理屋を句会場として選ぶのだが、今回は蕎麦焼酎だけがおいしい、残念な蕎麦屋さんで句会である。(*^▽^*)ゞ。
今回の句で直せたのは三句で先ずは御主人をデイサービスの入浴に送り出す週二回の風景から、
車椅子 押した背中から 春動く をさみ
これは何かの動作から季節が動くという句は類想類句が沢山あるが、あなたの実感だからそれは生きているので、
車椅子押した刹那に春動く 添削句
でいいのではないか。今は晩秋でこれは春の句だが老女の中で御主人は生きているので、それは過去の思い出を懐かしがっているのではなく今を生きていることと同じなのである。をさみさんも納得。
次は鎌倉吟ぶらの句から。
八幡宮 上れば見える 秋の海 をさみ
「俳句で観光案内してるんじゃないから、階段を上る左手の実朝が暗殺された大銀杏が有名だったけど今はどうなってる?」「あ、無かった。」「それを詠めば八幡宮を上って見えるは省略できるでしょ」
実朝の大銀杏なき秋の海 白頭吟
ただ、これは彼女の句ではなくなる。目の前にないものを見るという定家の「幽玄」の詠み方である。
見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕ぐれ 藤原定家朝臣(『新古今和歌集』363)
ちょうど静御前が舞ったという「舞殿」で結婚式をやっており白無垢の花嫁が静かだったので、
爽籟や 舞殿に白無垢しずか 恥ずかしい をさみ
なにこの恥ずかしいというのは?見てて恥ずかしくないのかなあとみんな携帯でぱちぱち写真撮ってるし。花嫁が恥らってるんじゃなくて自分が花嫁だったら恥ずかしいって、あなた後期高齢者だよ、妄想もはなはだしい。人間は老化によって進歩するものがあり、それは妄想力だ、と吉本隆明が言っていたが、これか。それに「しずか」は暴れている白無垢はいないから余計だし、この舞殿は静御前が義経を偲んで、
しづやしづしづのをだまきくり返し昔を今になすよしもがな
吉野山峰の白雪踏み分けて入りにし人のあとぞ恋しき
舞い踊った場所なので「しずか」は静御前を偲ばせるから言わずとも良い。わたくしの娘も「しずか」で男の子が生まれたら「葵」と妻が言い、女の子が生まれたら「静」とわたくしが言い、それで長女は「静」というのである。この「しづやしづ」には本歌があり、
いにしへのしづのをだまき繰り返し昔を今になすよしもがな(『伊勢物語』第32段)
いにしへの倭文(しづ)の苧環(をだまき)いやしきもよきも盛りはありしものなり(『古今和歌集』巻第十七「雑歌上」888)
という絶頂期の頼朝には痛烈なものでしたが、政子が頼朝を諌めて静御前は命を取りとめますが生まれた子は男児だったため赤子は殺されました。
それらを踏まえて日蓮上人の足跡を辿る吟ぶらだったのだから、
爽籟や昔を今に辻説法 添削句
というところで落ち着いた。ちなみにわたくしは日蓮上人が。『立正安国論』を三度書いているが自説をあとで都合がいいように書き替える癖があり、あまり好きではない。(*^▽^*)ゞ。
ぼたもちを かかげて尼は 溝萩や
これは日蓮が四大難のうち三難を鎌倉で迎えているので「首つ(な)ぎのぼた餅」という伝説をもとにしている。極楽寺の「力餅」が紫陽花寺の下なので紫陽花見学のついでに寄るがこの名物も関係していると思われるのが江の島駅の龍口寺に伝わる鍋蓋で、昔は処刑場だった龍ノ口へ日蓮が運ばれる時、ひとりの老女が鍋蓋の上に牡丹餅を乗せて上人の供養にと捧げた命がけの信仰で、その後上人が奇跡的に助かったので信者が老婆が住んでいた鎌倉の常栄寺を「ぼたもち寺」と名づけて9月12日には今でもぼた餅を供養として捧げている。これがをさみさんの話では尼僧に格上げされている。当時のぼた餅は小豆餡ではなく胡麻餡だったようで、実はわたくし胡麻餡好きで家内や娘は下品と嫌うがわたくしは好きである。
で、をさみ句だが、盛り沢山なのだが、溝萩の季語は昔の鎌倉の畦道を思わせ素晴らしいので、妙本寺の辻説法跡の近くを流れる滑川(なめりがわ)は一の橋、二の橋、唄の橋と鎌倉を流れているので(原節子の家も浄明寺の裏手で近くである)、
溝萩やぼたもち提げて一の橋 添削句
に落ち着いた。彼女が「溝萩」と「首つ(な)ぎのぼた餅」という日蓮伝説を心に留めて吟ぶらした手柄の句である。こういう句が生まれると、雲海蕎麦焼酎の蕎麦湯割がひときわ美味しい。(*^▽^*)ゞ。
さあ、目覚ましばっちりセットして寝ます。
