白磁てふ肌秋茄子のカルパッチョ
小筆遊びの日。いつものメンバーで、ちょっと足を延ばして藤戸へ。藤戸は、源平合戦のころは海であった。お吟の住む倉敷の南部は、島だらけの海であった。ことごとく地名に島がついているのは、その名残である。
藤戸海峡をはさんで、対岸には平家の主力軍が布陣していた。船を持たない源氏軍は海を渡る手だてがなく、悔し涙にむせんでいた。源氏の武将・佐々木三郎盛綱は、何とかして海を渡る方法はないものかと考えを巡らせながら、夜の海岸を一人で散策していると、漁をしている若い男に出会った。盛綱は、自分が腰に差していた白鞘巻きの短刀を彼に与えて歓心を買い、馬でも渡れるような浅瀬はないかと尋ねた。
結局、盛綱は漁師のおかげで平家を奇襲攻撃することができ手柄を立てるのだが、自分一人の手柄にしたいと、漁師をころして海に埋めてしまう。
盛綱は恩賞にもらった土地へ領主としてお国入りした日に、漁師の母親から詰め寄られる。そのうえ、漁夫の亡霊まで現れる。まえに能の「藤戸」を観たけれど、このときの漁夫の夜叉のような能面は、我が町の塩田王の蔵に眠っている400年前の能面(とても保存状態がよいと、全国からも能楽師が借りに来る)で、迫力があった。
盛綱は、深く悔悟して、管弦講をもって漁夫の霊を弔い、許してもらう。藤戸の海峡は、今は埋め立てられ、一本汐入川が流れている。その盛綱橋を通って、自然食のお店で、豆腐・揚げ・ヨーグルト・ミックスナッツ・野菜など買い、ランチをしてきた。胡瓜のポタージュ・夏野菜コロッケ・ごぼうのピリ辛・厚揚げサラダ・茄子のカルパッチョ・玄米ご飯・林檎の蒸ケーキと、申し訳ないほどの手間がかかっている。
藤戸の合戦の一年後には、壇ノ浦で平家が全滅しているので、藤戸の合戦は大きな意義を持っていた。来年の沙羅の花のころには、盛綱ゆかりの藤戸寺を訪れたい。「郷土を見直す」ことがマイブームになっているお吟の一日でした(笑)。
秋入日しばらく染めし寺座敷 中村汀女
