秋風や浦島太郎地べた這ふ
一瞬にして身体障碍者になった気分で、今まで介護していた高齢者や障碍者の気持がよくわかる。「地べたを見ないでもっと先に目をやって」と歩行指導していたが、自分が杖一本もないとまともに歩けない身になってみるととてもじゃないが怖くて歩けない。杖がないと一瞬にして気が付くと転んでいるからだ。足元の地べたにどんな障害物があるかを確認しながら歩かないと命の保証がない。
わたくしも毎年佳音さんの「よべの月」を感嘆しながら読んでいるので、今年の旧暦の十五夜は10月6日、十三夜は11月2日、十日夜(とおかんや)は11月29日と三月見は調べてあるが、夜空を見上げて歩くというのが絶望的に無理だとわかった。立ち止まって両手を杖に置いてふんばって見上げないとよろよろ倒れてしまうし、常時左耳は突発性難聴以来血液の流れが左半分を轟音で覆っているので、携帯が鳴っていても右耳しか聞こえないから鳴っている右側を探しても見つからず、左側を見てこっちで鳴っているのかと気づく始末で、坂本竜馬が「いかんぜよ、頭をやられた」と言った気持がわかるほど、思考と方向感覚が曖昧模糊となっている。これでは怖くて一人で外に出て月を見るなど危なくて無理である。
階段が一番厄介で、手摺がないと左手で壁を触って右の杖と一段一段バランスを確かめながら昇り降りするので、歩道橋などとてもじゃないが渡れない。エスカレーターとエレベーターがない駅は命がけになるから無理である。だから今まで自転車ですいすい都内三区を自転車で走るなど狂気の沙汰である。突発性難聴になった句友やお茶の先生に聞いてみても、ここまで重症にはなっていない。頭の大きな耳鳴りが治ってくれないと、外の雨などわからないし、エレベーターで急速に上下した時のようにいつも耳が詰まった状態で道路を通過するトラックの音などどんと頭に響くから、ベッドに横たわって何もしない時が左右は五月蠅いが、それ以外は問題ないので、ベッドでぼうっとしている時が一番幸せである。
ただし、仕事は電車とバスを乗り継いで、あとは杖を突いて歩いて通っている。いつの日か轟音が、あれっ、耳鳴りが地虫が鳴くくらいに戻ってる(左の小さいは耳鳴りは昔からで、父を看取った後に地虫が鳴いているのかと鳴り始めたから父の遺言かと聴いていたので支障はない)と自転車に乗れることを祈って。
