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スレッドNo.3462

行く秋の午刻めまひのする散歩

>逝く秋すぐに見つかるかくれんぼ ラスカル

珍しや、ラスカルが上五の字足らず。「や」か「の」か迷ってうっかり忘れたか。古来和歌では「や」に近い「の」を使っているので、わたくしも「や」だと強すぎる時は「の」を「やに近いの」として使っている。この名手が波多野爽波で、

  掛稲のすぐそこにある湯呑かな 爽波 『湯呑』

の「の」は、西野文代さんと榎本享さんが「こんな「の」を詠んでみたい」と垂涎の溜息を漏らしていた爽波の代表句のひとつでした。

今日のお昼に「ににん創刊百号記念号」を娘二人とお吟さんとぴのこさんと鈴木親方に郵送して来ました。退院後初めて杖なしで妙正寺川そばの郵便局でゆうパックで五冊、杖を忘れただけですが、階段を少し気を付けただけで、よろよろしながらも無事帰って来ました。心なしか耳鳴りも周波数がかすかに低くなったような。

薄田泣菫の『完本 茶話』(全3巻、冨山房百科文庫)は、昔わたくしが社内報に「忘閑記」という閑を忘れるほど面白い本の紹介記事を連載したときの第一回に選んだ本でした。新聞コラムの嚆矢と言われ、古今東西の有名人の逸話やゴシップなど、いや面白いの何の実に評判を呼び、総数811回を重ねました。書誌学者の谷沢永一と浦西和彦により、新聞のマイクロフィルムなどをもとに初出時の文章で新たに編纂された冨山房百科文庫版をお勧めいたします。永瀬清子はじめ、わたくしが若き日から座右に置いている詩人が二人もいるとは岡山県は素晴らしい。茨城なんか高校生の時は有名な文人は長塚節ぐらいで、教科書にも載っている

  垂乳根の母が釣りたる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども 長塚節

という短歌は良かったが、暗い暗い『土』を読みがっかりしていたものです。しかし、五十二歳で俳句を読んで、なんと高野素十が茨城出身と知り、別に尻馬に乗るわけでもありませんが、俳壇においての劣等感はなくなりました。素十さまさま。(*^▽^*)ゞ

引用して返信編集・削除(編集済: 2025年10月23日 18:14)

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