MENU
275,054

スレッドNo.410

冬浅し半纏木の葉は川へ

水鳥の水→川でつなぎました。百合の木の葉は半纏の形をしているので半纏木(はんてんぼく)と呼ばれ、善福寺川緑地では桂の木に継いで黄葉が始まる大木で葉が大きいので落葉は道を埋め、善福寺川の水面を黄色と茶褐色の筏を組んで流れ、堰では流れ落ちる葉が水を潜ってまた筏を組み直すのが十一月の善福寺川の風物詩です。銀杏並木の黄葉は11月の22日頃が逆光に黄金色で空を覆い道を覆う見事な黄葉と落葉の一面の光景となります。また日毎に飛来する水鳥が川に和田堀の池に増えて行き、昨日は金黒羽白が和田堀を櫨紅葉の水鏡の中を群れていました。わたくしの新しい車椅子歩行介助のお客は荒川区に住んでいたので杉並区の自然に囲まれた環境には目を見張り、昨日は和田堀公園の翡翠が澄んだ鈴の音のような鳴き声を響かせながら飛んでいる姿を見て、飛んでいる翡翠を見るのは初めてと感激していました。帰りの道でも翡翠が川沿いの小枝に止って魚を狙う姿を見て車椅子から立ち上がってフェンスに掴まりながら翡翠の狩を見下ろしていました。今年の翡翠は下嘴も黒いので雄でしょう。雌に対して雄は小柄なので幼鳥だと雄か雌か嘴の色がまだ変化していないのかわかりませんが、魚を獲り逃がしていたので下手な狩人なのは間違いない。(*^▽^*)ゞ。

秋の能の連作はタイトルが「深秋の能舞台」なので秋と能が連作に出てくると重複になりくどいという印象をわたくしは受けました。一句目は切れが最後で面白いのですが、「能楽師へ」の二句目とかぶるので「聞き手も」が一句目の説明になっており、くどい。

  秋逝くや酔うてななめの太郎冠者

が狂言の仕草が見える句で気に入りましたが「秋逝くや」が「秋深し」といった他の季語でもいいように思えるのが気になります。中七と下五が見事なので、「秋逝くや」が時間経過に詠嘆が入るので切れが動くように感じます。
「横笛の一閃秋の能佳境」は「秋の能佳境」を「酔うてななめの」といった狂言の佳境のシーンが見えるような描写にした方がいいと思います。「鬼となる美女深秋の能舞台」の「鬼となる美女」がそれに値するので、横笛の一閃で鬼となる秋から冬へ入る姿が描ければ「能佳境」という説明はいらなくなりますし、連作ですから狂言付きの能というのはわかるので、太郎冠者だけで狂言だと判るように能で鬼になるのは「葵上」における六条御息所や「道成寺」の白拍子といった女ですから能と女も省けます。タイトルを能の演題にすれば「能佳境」もはぶけるのでは。厳しいようですが、「能」は省略と象徴の「滅びと鎮魂の美学」ですから、説明が入ると締まりません。能が始まる前の観客から始める流れはいいので推敲すれば良い連作になると思います。

引用して返信編集・削除(編集済: 2022年11月11日 19:12)

このスレッドに返信

このスレッドへの返信は締め切られています。

ロケットBBS

Page Top