こちのものそちに移して年用意
明日は「そちのものこちに戻して年用意」、明後日は「そちのものをちこちに置く年用意」、明々後日は「をちのものそちこち移し年用意」と正月まで使える西野文代風ずぼら詠み。(*^▽^*)ゞ。
桑原三郎主宰「犀」と猫髭が吟行頭取の「俳句桜(馬)紅葉(鹿)会」が善福寺川緑地で合同句会をやった時に「原発三号機から煙」と自由律を詠んで「おお!」と驚いたが、弟子の一人が「先生、この前の句会で、一号機から煙、って詠んでた」と言ったので「あらあ」とその茶目っ気にぶっとんだ。わたくしは被災者だが不謹慎とは思わずに三郎さんは筋金入りの本物の俳人だと感心した。ずぼら詠みといえばいえるが、原発の自民党の見切り発車の愚かさをブラック句に見据える目を感じた。震災の句では池田澄子さんの『思ってます』という句集に変な同情や思い込みのない真っ直ぐな日常の風景に、ああ、本当にあの時はそうだったなあと感じ入った。
昨日は俳女Sさんと善福寺川緑地公園の吟ぶら車椅子介護。気温は最低が4℃最高で11℃と冷え込んだが青空に雲ひとつなく晴れ渡り日向は小春日が戻ってきたという日和だった。銀杏の大木もまだ黄色を誇り頑張っていたが和田堀公園の大銀杏は裏から見ると見る見るうちにお婆さんで枯色だったので驚いた。満点星躑躅も日向は逆光で赤を誇っていたが、日陰は最後はこうなるのかという真っ黒に錆びついた色で満点星躑躅の終りの姿は初めて気づかせられたという驚きだった。
黒々と末枯(すが)れ満点星紅葉(どうだんもみぢ)かな
和田堀では渡って来た軽鴨のペアが二匹頭を上下に降って求愛の仕草を始めたので、あ、朝っぱらから交尾をするのかと見ていると果たして雌の後ろから雄が乗っかると圧し掛かられた雌が水中に没するほど雄が「ちょんの間」とはこれかというあっという間に終わって離れてじたばた体を揺すっていたが、知らないひとには鴨の喧嘩かぐらいにしか思えないだろう。彼女は初めて見たと言っていた。普通ペアシーズンは春から初夏で5月22日頃にひよこのような大きさの可愛い軽鴨の子どもたちがぴゃあぴゃあチェロQのように凄いスピードで泳ぎまくる姿が見られるので、真冬の交尾は珍しいが、旅の恥は掻き捨てで渡り鳥は毎年相手を帰るのかしら。
和田堀には青鷺が先週から顔を出していて、鴉に威されながら、抜き足差し足どろぼう足で池の小魚を狙っていたが、五位鷺の子どもも(模様から星鷺と呼ばれる)今日は赤眼を見せて青鷺の近くの籔から顔を出していた。写真がそうでなかなか赤眼が可愛い。ジョギングに来ていたオヤジが青鷺と五位鷺を間違えていたので首の長いのが青鷺、首の無い赤い眼が五位鷺と教えてあげた。
帰り道は落葉に埋もれていたが、隠れ蓑の黄色い落葉が葉の形が成長に伴って変わるので三つに分かれていたり楕円形をしていたりで面白く、唐楓の葉っぱとも似ているので比べると、隠れ蓑の葉よりも唐楓の方が葉も厚く葉の照りも強いと、山茶花と椿の違いのようだった。こういうことは落葉を手にとって比べてみて初めてわかることで、良い悪い美醜といった二律背反の見方は不毛で、俳句が教えてくれることは「あるがままをあるがままに受け入れる」という世界の見方で、好き嫌いではなく、どちらもあるがままのリアルティをそのまま受け取るということで、そういう自然の受容は死も生のように受け入れられる境地に導いてくれるものだと思う。「隠れ蓑」という木は森の中に囲われた静かで美しいお妾さんみたいと言うと俳女さんは隠れ蓑の落葉を握りながらうふふと笑っていた。
日の当たる場所以外はものみな枯れる冬の到来である。
陽のあたる場所を余して枯れ尽きぬ
