崖下の海荒れてをり夏薊
東日本大地震で那珂湊と隣町の平磯を繋ぐ沿岸道路も崩れて不通になったが、小学生の頃は山の上から崖の道を下りて「姥の懐(うばのふところ)」と呼ばれる海中プールに下りたものだ。それが不便だと、崖下に堤防を作り歩いてプールまで行けるようになったが、波の荒い時は堤防に波柱が立って、引き波の時を狙って堤防を駆け抜けたものだ。
コロナでここ四年ほど帰郷していないが、大洗の親戚で同世代で生き残っているのは数人になってしまった。親が生きていてこその故郷であり、いなくなればいつか家は朽ち、お墓だけになるだろう。わたくしは長男なので大洗の父母の墓に入ることになるが、それも長いことではあるまい。ただ、生きている間は生きているのであまり考えたことは無い。だいたい自分の年も考えたことはないので、死ぬまでは生きているだろうという程度である。淋しいという感情がかなり皆無に近いので、晩飯に何を食うかが一番の関心で、迷うなあ、うまいもんばかり冷蔵庫に揃っているから。むふふ。
