雲悌(うんてい)にぶらさがるだけ青葉風
子どもを連れて近所の公園に行くと砂場や鉄棒やブランコやジャングルジムや滑り台の他に雲悌があり、幼稚園のときには竹を何本か立て上部を固定した登り棒(攀登棒 はんとうぼう)に裸足で登るのが好きだったが、小学校の誘導円木が危険遊具として消えて行ったように登り棒も見なくなったが、小学校の時に人より腕が長いせいか猿のように手を伸ばして何本も雲悌をまたいでぶら下がったまま渡れたので、娘にいいところを見せようと雲悌にぶらさがったが体が重くて一本も掴むことなく落ちてしまって愕然とした。腹が出た中年のおっさんがオランウータンどころかナマケモノのようにぶらさがるだけでずるりと落ちてしまうからだ。何と鉄棒の逆上がりも出来ないほどで、小学校では全校生の中で模範演技を披露したのに何たるぶざまであることか。小学校の時には下駄箱がラブレターで溢れ女生徒たちが家まで付いてくるほどだったのに、わたくしは汲み取り便所に気味悪くて読まずに棄ててしまった。それが今でも祟っているのか、面白いと寄ってくる女はいないとは言わないが、一緒に暮らすには余りにも変すぎると気付くのでそれ以上近寄って来ないと言うと、長女は涙を流して笑っていた。次女はスプリングの動物に乗るのが好きでうにょうにょ押してやると喜んでいたから、まあ、子どもたちには良き遊び相手だったと思う。そうそう、子どもと喧嘩して「大人の癖になんで子どもとほんとにけんかしてるのよ」と呆れられたことがあったから、子どもと遊ぶ時はわたくしも子どもになっていたのだろう。
そうそう、M.Oさんのことを思い出しました。Masakoさんと言われたので失念したが、上司の話だとまり子さんと言うとのこと。それで思い出した。まり子かあ。母と同い年くらいだったので掃除・洗濯を担当したが、娘さんの話だと認知症が進んでいて心配らしかったが、わたくしが電話詐欺や訪問詐欺をことごとく撃退して、彼女の老いらくの恋の話を聞いてあげたりしていたので、娘たちがとても感謝してくれていたのだった。寝坊すけさんでピンポンピンポン鳴らしても電話しても出ないので、寝室の窓のところへ言って「まり子さん、起きて、起きて、まり子起きろ!!!」と怒鳴りつけて「あら、やだ、今まで起きてたのに」とごまかす面白いお婆さんだったが、家中綺麗にしてくれたので料理もしてあげられるよう女性のヘルパーさんに交代してあげたのだが、認知症が進んで、やっぱり猫髭さんにと再指名してきたのだが、余りにも認知症が進んでドアも開けられないほどになっていて社福協としてはそこまで重度になると許容範囲を越えていると断ったとのこと。昔の社福協の課長や係長だったら、猫髭さんは三社に所属しているから訪問介護会社で引き受けてもらい猫髭さんが担当してもらえますかとわたくしに相談したのに、今の上司は新任だったので、自分の組織のルーチンでしかお客を見られなかったのだ。まり子は認知症ではなく、良く寝る子なのでベッドのそばの窓から叩き起こさないと起きないのであるよ。娘さんは会社ではなくわたくしを指名したのである。今の上司ならわたくしに連絡して猫髭さんの介護会社で引き継げるかと相談したはずである。母に似て煎餅や饅頭を至るところに隠してばりぼり、わたし小食なの、と言う可愛い女性で、だったらこの食べ屑は何ですか、ここにも煎餅の跡が、ここにはクッキーの屑がと犯行の跡を列挙すると、「アラ見てたのネ~」って、おまえさんは都はるみか、ほんとに「困るのことヨ」という明るいお婆さんだった。合掌。
都はるみ/アラ見てたのネ
都はるみ - 困るのことヨ
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