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スレッドNo.98

振返って・・・こんな投稿もしたのだなあ

✱橋蔵さまを易から見た将来は?・・①✱ #2017.11.27

今回は、当時橋蔵さまを易からみた場合のお話で、書きながら私も少し真面目に当時に返って考えて見てみました。

📖「鮮血の人魚」が封切された後の1957年の秋ごろの雑誌からのお話です。
「バラ色の栄光につつまれたトミイの明日はどうなる!」「昭和34年(1959年)こそ、一大躍進の秋と易にあらわれたトミイの運命は?」
雑誌の”明日の肖像コーナー”で美空ひばりさん、中村錦之助さんを占った方が、橋蔵さまを占ってくださいました。
当時、このコーナーを目にした時、橋蔵さまの将来は大丈夫だろうか?ドキドキしながら読んでいったのではないでしょうか。
今、橋蔵さまを思い出しながら読んで見ますと、なるほどと頷くところ、ここはあたってほしくなかった、と思うことさまざま・・橋蔵さまを改めて想いおこしてしまいます。
皆様も読んでいて、あるときのことなど橋蔵さまを想うことがあるかもしれません。(筆者の文章を私なりに要約し、私なりにまとめております)。

では、まず、橋蔵さまは舞台から映画に来ましたので、そのあたりからいきましょう。
「東映の人気者、大川橋蔵さんは錦之助さんと並んで現在の若手を代表する花形です。橋蔵さんのあのにこやかな容姿が、大型画面に現われると、ファンは思わず溜息をつきます。この明るさは、映画人にとっては何にもかえがたいもの。すべての芸も人気も、この明るいそしてにこやかな魅力がもととなってあらわれるのです」と書きだしています。
筆者は、まだ橋蔵さまが映画入りをしなかった頃の舞台を観た時の印象が瞼に残っていると言っています。
それは、三越劇場での菊五郎劇団若手歌舞伎興行でのことでした。「三社祭」の善玉悪玉に、橋蔵さまと坂東光伸さんが扮して一幕を踊りぬいたことがあったその時の印象が瞼に残っていると言っています。
橋蔵さまの踊りそのものよりも、舞台一面にあふれる活気と明るい華やかさに心をうたれたのです。その時、この人はきっと素晴らしい役者になる、最も明るい芸風を持った日本一の人気者になると思った、と言っています。
「ある歌舞伎評論家は、その時の橋蔵さんの踊りを見て、「まるで機械体操だ、あのポキポキした踊りは」と、貶すようなことを言って、橋蔵さんの、舞台を明るくする魅力には気がつかなかったようです。
それがどうでしょう!!器械体操のような踊り手は、今をときめく東映の花形になり、人気と名声はとみに昇るばかりです。そして、若手随一の立回りのフォームの美しさ、スクリーンいっぱいにあふれる明るさと華やかさ、このようになるとは誰が想像したでしょう。
歌舞伎の名優十五世羽左衛門がちょうどそうでした。舞台に出るとパッと明るくなったのです。橋蔵さんもこの羽左衛門のような魅力をそなえた人です。羽左衛門は若い時代には大根だといわれていたのです。
橋蔵さんは勿論、大根などとはいわれませんでしたが、歌舞伎の批評家の言葉は、役者としての明るさや魅力を見ずに、踊りの型ばかりに目をつけた心無い一言でありましょう。
橋蔵さんも羽左衛門と同じく、いまの人気と名声を築きあげたことは、単に映画界に入ったからだけではありません。若手歌舞伎時代から、今日のすばらしい人気を得る魅力があったからです。」

舞台時代も見ている方の易から、橋蔵さまの明日を覗いてみましょう。
この記事掲載が昭和32年(1957年)ですから、昭和36年(1961年)あたりまでの橋蔵さまをみていってます。(当たるも八卦当らぬも八卦といいます、・・・頷くところが、多々あります。)
まずは、
★橋蔵さまの魅力
橋蔵さまの素晴らしい魅力はどこから生まれてくるのでしょう。
一言でいうと、橋蔵さんの温厚な性格からきています。
橋蔵さんの顔を人相学から観ると、鼻と口に特徴があります。鼻は如何なる困難をも打ち破る意欲的なことを示し、時によってそれが過ぎた場合に、そのゆき過ぎを柔らかにカバーするのが口もとです。
✐(橋蔵さまの口もとは、ほんとに魅力があります。口もとは、その人の品位、育ちをも物語るのです。)
次に、橋蔵さんのふっくらとした下瞼の豊かさは、情の人ということをあらわしています。
✐(私は、映画でも思いましたが、テレビでの銭形平次の初期の作品で、そのふっくらとした下瞼が非常にはっきりと綺麗であったことが記憶にあります)。

人相学から総合的に見ていきますと、交際が非常に広く、どことなくおっとりしていて、あらゆる階級の人々から愛される性格をもっています。おっとりとしていることは、決して苦労がないというのではありません。人一倍苦労をしてきた上の温和さが橋蔵さんの人気の原因なのでしょう。
活動家という点では、人の何倍も働くタイプで、自分のためというより人のために働くという事が多く、物事をまとめる才能もあります。性格上の美点が人気と信用という形になってあらわれてくるのです。

如何ですか、皆様も当時に返って、またそれ以後の橋蔵さまを思い出し、同じように思ったことはあったでしょうか。

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