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スレッドNo.1

オリベル・ラシェ監督による監督声明文

“Sirāt(シラート)”を日常生活における言葉に翻訳するとしたら、“道”になります。

この“道”には二つの次元――物理的な次元と、形而上的あるいは精神的な次元があります。
“シラート”とは、死ぬ前の人を死へと導く内なる道のことなのです。
本作の主人公の身に降りかかったことのように。そして、地獄と天国を結びつけると言われる橋の名前でもあります。

多くの人が、個人として、そして社会として、「真の意味で変わることは可能なのだろうか」「同じ過ちを延々と繰り返さないでいることなど可能なのだろうか」と疑問に思っています。誰もはっきりとは分かりません。私たちは不安定な時代を生きています。
どんなに善い志を持っていようと、どんなに周囲が強く迫ろうと、その人の進む道を変えるのは、信じがたいほど難しいことです。

しかし、人は死の淵をさまよう体験をすると、自分に内在する何かにヒビが入り、割れるような感覚を得ることがあります。その瞬間、変容することが可能になるのです――より良い方へと。
それは生が人間を掌握し、「真のお前は何者なのだ」と問うてくる、究極の真実というものがそこにある状況であり、安全網のない深淵に投げ込まれるような感覚です。人生は、「目を閉じて、地雷原を突っ切れ」と迫ってきます。このような時にこそ、人間は最善の部分を引き出されるのだと私は確信しています。それは生存本能に根差した強さであり、そして同時に、人間の真の本質なのです。

新聞を開くたびに、私たちは崩壊の衝撃に襲われます。
何かが終わる、ひとつの時代が終わる、あるいはもっとひどいことが・・・私たちには準備できているでしょうか?
この映画が、多くの人が抱く黄昏の感情に響いてくれることを願っています。
しかし、忘れてはいけません――そこには光もあるのです。
世界は私たちに、この映画の登場人物のように、内省を強いるでしょう。それは重要な動きです。
私たちが『シラート』を通して伝えたいもの、つまり闇から浮かび上がる光です。

――オリベル・ラシェ

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